ヒューラン族とララフェル族の怪しい二人組。
その話を聞いた途端、ハルドメルは酷く動揺した。――もしかしたら。否、ただ種族が同じだけだ。決して『彼ら』と決まったわけではない。そう思うのに、胸の内では得も言われぬ不安が渦巻いた。
「……やっぱり気になるよな。あいつらかもしれないって」
「……うん」
気遣うようなアレンヴァルドに苦笑いで答える。――ユユハセに、ローレンティス。クリスタルブレイブに所属し、イルベルドと共謀した二人。特にローレンティスは、ハルドメル自らクリスタルブレイブに勧誘した人物だ。気にするなという方が土台無理な話である。
「まぁ全然違う奴かもしれないしさ、あんま考えすぎるなよ。戦ってる時に考え事なんて過去視と同じくらい危ないぜ」
言いながら、アレンヴァルドは苦い顔をする。クルルを攫われた時のことを思い返したのだろう。制御できない過去視はそれこそ責めることはできないが、責任を感じているであろうアレンヴァルドにハルドメルは緩く首を振った。
「私もそうするから、アレンヴァルドもね。大丈夫! 絶対助けよう」
「……あぁ、勿論だ!」
こつんと拳をぶつけ合う。それぞれ次にやるべき事へ向かうために。
アレンヴァルドをサポートしてくれているヴァ・マハとジャ・モルバにも挨拶すると、ハルドメルは目的地に向かって歩き出す。――もう一度、アレンヴァルド達の方を振り返った。
カステッルム・ベロジナの攻略では、当然髑髏連隊と刃を交えた。彼らはアラミゴの血を引きながらも帝国に属する部隊。解放軍にとっては複雑な想いを抱く相手だ。それでもアレンヴァルドは、迷うことなく剣を打ち合っていた。
『……平気とは言えないけど……あいつらも俺も、自分の信じるもののために戦うんだ。迷ってなんかいられないし……ちゃんと向き合いたい』
今のアレンヴァルドを、アバやオリが見たら何と言うだろう。ハルドメルはかつて自分達を見守り、多くのことを教えてくれた二人の戦士の姿を思い出す。
(……私も!)
ぐっと拳を握りしめ、自身を奮い立たせた。迷ってもいい。だがその選択は――彼らに恥じないものでありたい。
「……いいんですかい?」
「……ん」
ハルドメルが去った方に視線を向け、アレンヴァルドはジャ・モルバの問いに小さく頷いた。
『あの卑屈そうなツラにモミアゲ……俺の眼で見たら間違いなくあいつだったけど……まぁ万が一ってこともあるからな』
ウ・ザルから受けた報告では、その二人組はやはりユユハセとローレンティスだった。遠目とは言え、幼い頃から狩りのために鍛えられたウ・ザルの眼でそう認識したのなら、アレンヴァルドも間違いないと確信している。
ただ――それを彼女に伝えるのは憚られた。何せ彼女は大層お人好しで、優しすぎるから。
命をかければ勝てるというわけではない。
多くを犠牲にしなければ何も成し得ないわけではない。
それでも何かを成し遂げようとした時、代償のように失われるものがある。
その覚悟があるのかと、世界に問われている。
焔の熱さも、焦げる臭いも。幾度経験しても慣れはしない。
砲撃されたスペキュラ・インペラトリスのメインタワーに向かいながら、負傷兵達に応急処置を施していく。
混乱が続く中、叫ぶようなリセの声を聞いてハルドメルは走った。そこにあった光景に、ひゅっと息を呑む。
「コンラッド、しっかりして!」
アルフィノが、何が起こったかを教えてくれる。だがハルドメルにはその半分も頭に入ってこなかった。
「ぁ……、」
呼吸が震えて、気を保つように腕に爪を立てる。地に倒れたコンラッドと、その傍に寄り添う仲間達。かつて親友を失った、あの瞬間が重なって動悸が激しくなる。
(だめ)
一目見て分かってしまう。あの時と同じ。――助からない。
ぐらぐらと意識が揺れる。一度きつく眼を閉じて、ゆっくりと開いて――その光景に、じわりと瞼が熱くなる。
いつだって、終わりを悟り、大切なものを託していく人は、穏やかに微笑むのだ。
「わかった……約束するよ。必ず、やりとげてみせる……だから……安心して……」
リセの言葉に安堵したように、コンラッドは静かに息を引き取った。
味方諸共砲撃した帝国軍に憤るアルフィノの声が、ハルドメルに僅かに落ち着きを取り戻させる。
『守るべき尊厳』――決定的な、あの男との違い。そう、この砲撃はあの男の命令だと、ハルドメルは直感していた。そうして、自分達の感情を煽るためのものだと。
ゆっくりと息を吐く。煮え滾るような怒りはしかし、大切な仲間の死の前ではまだ、大人しくしてくれていた。
あの男――ゼノスとは必ず戦うことになる。その時までは、蓋をするのだ。嫌悪も、怒りも。
(リセ……すごいな)
かつての自分を思い出し、ハルドメルはまた内に燻る熱が暴れそうで堪らなくなる。
最後までリセは明るく、大丈夫だと声をかけ続けた。コンラッドに託されたものを、しっかりと受け取って言葉を返した。
何も出来なかった。避けられない死を感じ、あの手を握ることしか。下手くそに微笑むことしかできなかったあの日の自分が、酷く情けなくて、恨めしい。
だからこそ、この戦いの先を見たかった。リセは、自分とは違うから。
憎しみに囚われて、復讐で終わらせようとした自分とはきっと、違う道を歩むはずだから。