【長編】答えはいつか、旅の果てで。 FF14 紅蓮編

45.選択肢

 黒渦団、双蛇党、不滅隊、そして神殿騎士団。それぞれの旗が掲げられた同盟軍の最前線本部となったポルタ・プレトリアを、アルフィノは感慨深く見つめる。
「この光景は、君がこれまで成し遂げてきたことの結実であると、私は思うんだ」
 隣に立つハルドメルにそう告げれば、彼女はいつものように困り顔で微笑んだ。
「またそうやって……皆私を、」
「ふふ、では言い方を変えよう。この戦いも、誰か一人、何か一つ欠けたとしても決してここまで来ることはできなかった。もちろん君も、君がやってきたこともね」
 買い被りすぎだと言いたいのだろうハルドメルの言葉を遮り、言い換える。目を丸くして、また微笑んだ。今度は自然な笑みだった。
「……ありがとう。ふふ、雪の家にいたころは守らなきゃなんて思ってたのに、助けられてばっかりだね」
「そう思ってもらえているなら光栄だよ」
 アルフィノはそう言いながら、あの日からずっと気に掛かっていたことを口にする。あの日――ラールガーズリーチが襲撃された日に感じていたことを。
「……ゼノスのことを気にしているかい?」
「……気にしない方が難しい、かな。敵の総督でもあるし……」
 そうではない、と緩く首を振る。ヤンサに赴いた時も、アルフィノはアリゼーからその様子を聞いていた。ハルドメルを二度も打ち負かした男。拘束するなり倒すなりすれば一気に戦況が変わる存在でもある彼を相手に、優勢に立つことも仲間を守ることもできず気落ちした様子だったという。だが、負けたことと同じくらい、思い悩むことがあるようなのだと。
「君は、大丈夫だよ」
 ハルドメルが微かに息を詰めるのがわかった。力だけでも、策だけでも、結果だけでも駄目だ。そこには過程があり、『人の心』があるのだと、アルフィノはもう学んでいる。
「どれだけ戦っても、強大な力を得ても、君は決して道を違えない。信じるまでもなく、そんなこと皆知っているさ」
 脳裏に、親友の言葉が蘇った。
 信頼の、積み重ねの証。自分が何を思おうと、やってきた行動が真実だと。
 何度彼らに言わせてしまうのだろう。自信のなさに、付きまとう不安に。奥に潜む怒りや悲しみに、大丈夫だと何度でも伝えてくれる友に救われる。ハルドメルは膝をつき、アルフィノの小柄な身体を抱きしめた。
 一人で大丈夫だと優しく拒絶されたあの日を思い、同じ抱擁でもこうも違うのかと驚きながら、アルフィノは大きな身体を抱き返す。
「うん……うん、ありがとうアルフィノ……私、大丈夫」
 その『大丈夫』は、あの時と比べるまでも無い。


「リセ!」
 間に飛び込み、フォルドラの一撃を盾で防いで弾き返す。頭痛を耐えるような仕草を時折見せる彼女に向かってエーテルジャマーを発動させれば、極端に動きが鈍った。しかし効果が切れれば、こちらの動きを全て予測しているかのように歯が立たない。幾度かその攻防を繰り返す中、やがてハルドメルは彼女の戦闘技術が突出して強いという訳ではないことに気付いた。中には対応しきれない動きがあることも。
 深く息を吸う。リセと視線を合わせ、ハルドメルは前に出た。踏み込み、フォルドラと距離を詰める。

「馬鹿め、貴様の動きなど……!」
 エーテルジャマーの効果が切れたらしい彼女は、眼に怪しく光る赤を宿して構える。

 一歩。読まれるのはわかっている。
 二歩。エーテルジャマーがもう一度使えるまで、あと数十秒。
 三歩。

(ここ……!)

 身体が慣れた動き。その流れを全て、一拍早く。

「なっ……!」
 戦い方を知られているなら、それより一手先に動く。この一撃に威力は乗らなくていい、不意をつければその刹那。
「おりゃああああ!!」
 その一瞬に、リセが一撃を叩き込む。もし今の不意打ちが上手くいかなかったとしても、ムーンブリダの残してくれたエーテルジャマーが使えるようになる算段だった。決して一人では成し得ない、仲間と、これまでの積み重ねがあるからこそできることだ。

「大切な仲間達を殺したお前が憎い! だけど、それを理由に同じアラミゴ人であるお前を、このまま殺すような正義を、アタシは持ち合わせてない……」
 ハルドメルは、内に残る傷がひりひりと痛むのを感じる。それはこの先一生、消えることはないだろう痕。『イシュガルドのため』という正義を掲げて復讐しようとしたハルドメルには選べなかった道。
「この子も連れて行くよ。同じアラミゴ人として、生きさせるんだ」
 どちらかが矛を収めなければ、いつまでも戦いは終わらない。例え険しい道のりだろうと、綺麗事と言われようと、リセのその選択は眩しかった。

 フォルドラを本部へ引き渡したリセと合流するや否や、ハルドメルはリセに駆け寄った。
「わっ! は、ハル、どうしたの……?」
 その小柄な身体を抱きしめる。戸惑いながら回された手が反射的にか、ぽんぽんと優しく背を叩いて少しだけ声が震えた。
「……ごめんね、ちょっとだけ」
 温かな抱擁に、安堵の吐息が零れる。憎い仇を前に、その胸中がどんな嵐よりも凶悪に吹き荒れ、汚泥のようにどろりとして拭いきれないものがあると知っているから。
「私、リセと……旅出来て、よかった」
 リセの手が止まる。
「ハル……」
「リセとここまで一緒に来られて、よかった」
 私は、同じ道を選べなかったから。そう呟くハルドメルの背を、リセは強く抱き返した。

 ――命を奪わなければ、善というわけではない。結果として平和を取り戻せれば、何をしてもよかったわけじゃない。
 リセの選択を目の当たりにして、ハルドメルの胸に押し寄せる波。

 自分もそうできたらよかったのに。嫌だ。殺す以外の。憎い。もっと違う方法が。許せない。違う道が。許さない。――駄目だ。

 今もなお残る、奥深くに沈めた昏き色は、気を抜けば水底の泥のように簡単に舞い上がり、濁らせる。
 だからこそ憎しみを抑え込んでフォルドラを捕らえたリセのことを、ハルドメルは心から尊敬し、友として誇らしく思った。
「……皆と旅して、色んな事を学んだからこそ、だよ。ハル。アタシが一人だったらきっと……」
 お互いに、その胸中にあるものが分かっているから、抱きしめる腕に力がこもる。その選択が良い結果をもたらすのか、逆になるかはまだ分からない。どちらにしても、より良き道になるように、その時できることをやるしかない。
「でも……っ、でもねハル! まだ終わってないんだから! こういうのは終わってからだよ!」
「……うん……! そうだね!」
 悲しみも憎しみも振り切るように二人明るく声を上げる。周囲にいた幾人かが、目を丸くして二人を見ていた。


 ガイウスを退け、千年戦争を終結させた英雄。勝利の象徴。

 まるで他人事のような、どこか遠い世界の話のようなその功績は、しかし一応事実であるのでハルドメルはつい苦笑した。
 ラウバーンに頼まれて同盟軍本部の中を歩き回り、全部隊前進の号令を告げていく。その巨躯が、見慣れぬ肌や鋭い眼が怖いのだと言われていた頃には想像もできなかったこと。だが自分が動くことで奮い立つ人がいるなら、今はただ堂々としていよう。それが今できることだと、ハルドメルは「どうか無事で」と祈る言葉と共に、皆に声をかけていった。

 そうして見た光景を、一生忘れることはできないだろう。

 鏡のように空を切り取る巨大な塩湖。その向こうに聳え立つのは帝国に支配された今もなお、かつての繁栄を思わせる堅牢な城壁に囲まれた都市。
 東の空に赤が滲み、夜の紺を西へと追いやっていく。赤は、昼と夜を入れ替える色。終わりの色にして、新しきを始める色。
 進軍を始める軍のどよめきが、大地に、空に響いていく。

 長い、長い一日の始まりの合図だった。

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