【長編】答えはいつか、旅の果てで。 FF14 紅蓮編

46.終わりの戦

「道を開きます!」
「英雄殿! 先へ!」

 剣戟の音。砲撃の音。エーテルが迸る術の音。

「下がって!」
 アラミゴ王宮の奥を目指しながらも、ハルドメルは目についた負傷兵達を庇う。
「英雄殿っ……ここは大丈夫ですから……!」
「駄目、立って!」
 ルガディンの巨躯を守るための盾も、目の前にある大きな背も、兵士達にはどんな支援よりも頼もしく見えた。癒やし手の魔法を受けつつも後退する彼らを見て、ハルドメルは前に出る。
「はぁッ!」
 盾で受け止め、蹴り飛ばした。そのまま後ろで魔法を詠唱しようとした者へ距離を詰め、エーテルの波動を喉にぶつけ沈黙させる。杖を叩き落として無力化すれば、数人が逃げるように後退し始めた。
「足止めならっ!」
 魔導書を携えたアルフィノが魔力を奔らせ、帝国兵達は縫い付けられたように足を止める。
「疑似魔法ではないし動きも鈍い……属州の人間だろうね。戦意は薄いはずだ」
 アルフィノの言葉に頷くと、ハルドメルは動けなくなった者達の手から武器を落とさせていく。
「……先に進ませてください」
 戦場の喧噪の中で、その静かな声は帝国兵達に響いた。確実に止めを刺せる絶好のチャンスにも関わらず、それどころか他の同盟兵達を遮るように伸ばされた腕に、顔を見合わせる。
「……」
 一人が両手を挙げ、他の者も続くように挙げていく。
「……後、お願いできますか?」
 後ろを振り返ると、はっと我に返った同盟兵が慌てて頷いた。
「は、はいっ! 勿論です!」
 その返事を聞いて、ハルドメルは戦場に似つかわしくなく、安堵の笑みを見せた。

 駆ける。駆ける。城の最奥。かつての王の謁見室まで。そこにいるだろう男の元へ。

 ――男は、優雅とも尊大ともとれる表情で玉座に座っていた。二度目に対峙した時と同じ……否、それ以上に愉しげな笑みを湛えて。
「まさかここまで来るとはな……いや、そうでなければ楽しみがないというものだ」
 一度目は、圧倒的な差だった。二度目は、近付きつつも迷いがあった。
(もう負けない)
 これが三度目。碌に言葉も交わしたことがないのに、その剣技を受けて分かる。この男は本当に、心底戦いを愉しんでいる。それ以外に愉しみなどなかったのだと、眼が、気迫が、全て伝えてくる。

「ククク……ハハハハハ!! いいぞ、やってくれるではないか!!」
「っ……」
 幾度も剣をぶつけ合って尚、ゼノスは余裕を崩さない。体勢を立て直して呼吸を一つ、汗が一筋流れる。今まで見てきた退屈そうな空気は最早微塵も無い。
「今の貴様の鋭さであれば、俺の喉笛も食いちぎれよう! ――あぁそうだ、俺は、『そういうもの』と命を削り合いたかったッ!!」
 びりびりと空気が震える程の、それは、『歓喜』だ。ハルドメルは奥歯を噛みしめた。どうして、こんなに――。
 上層へと向かうゼノスの背を追えば、美しい朱の華が咲き誇る庭園が眼前に広がる。同時に、そこに在るはずのないものを見てハルドメルは思わず声を漏らした。
「神、龍」
 オメガの封印を解き放ってまで止めようとした破壊の化身が、あろうことか帝国の手に落ちていたなどと誰が想像できただろうか。暗く、どこまでも昏いその瞳は、その龍を呼び降ろした男を思い出させた。
 破壊を望むのは目の前の男のようでいて、決定的に違う。神龍は正しく全てを破壊するために生み出された存在だが、ゼノスはただ只管に、戦いに悦楽を求めている。
 愉しむために仕込んだのだろうと言われ、ハルドメルは反射的にゼノスを睨め付けた。例え間違っていたとしても、想いを利用されてしまったのだとしても。祖国の救済を望んだ全ての人への、それは最悪の侮辱だ。だが目の前の男はただただ愉しそうに笑うだけ。
「何を恐れる……何を嫌悪する? 貴様には理解できるはずだ……俺の同類だからな」
 ――お前も戦いを愉しんでいるだろう?――

 その言外の問いかけにハルドメルは答えない。あれ程恐れられた睨み付ける視線も、ゼノスは気にも止めなどころか、その殺気に心地よさすら感じている様子だ。
 ハルドメルはあくまで解放軍の仲間として、『アラミゴ解放』のため驚異に立ち向かうつもりだった。手加減など到底できない相手を倒すにせよ捕らえるにせよ、何より重要なのはアラミゴを解放し、自由を得ることだ。リセがそうしたように、個人の恨みや怒りは今は捨て置くべきだと。

 だが、ゼノスの口から出てきた一言は、
「今の貴様ならば終生の『友』として、傍に置いてもいいとすら思う」

 ――逆鱗に、触れた。

「……が……」
 絞り出す声が震えるのはハルドメル自身にもわかっている。だが止められない。温かく優しい、大切にしている思い出を無遠慮に鷲掴みにされたのだ。
「ッ……誰が……! お前の友だ!!」
 荒れ狂うのは怒りか憎しみか。叫ぶような返答にゼノスは僅かに瞠目した。そして嗤う。得心がいったように。
「……成る程、それがお前の『核』か」
 その瞬間、ぞわりと全身を包み込むような悪寒に襲われ、ハルドメルは目眩を感じた。過去視のようで、だが、視たのはハルドメル自身ではなく。
「……ッ」
 『視られた』と、そう分かった。緋色に光る目が、何もかも見透かすように細められた。
「……ハ。その男を殺せば、容易に貴様を戦いへと駆り立てられたのか。もう死んでいるとは、実に惜しい」

 重力を感じさせない速さで、ハルドメルの剣がゼノスに迫る。眉一つ動かさず軽くいなされて歯噛みした。
「クク、羨んでしまうな、教皇とやらを。貴様の力、技、憎悪――今より劣るとは言え、何もかも余すこと無く受けることができたのだろうからな?」
「煩い……!!」
 熱い。自分が自分でなくなりそうな程の激情に焼き尽くされそうだった。
「お前なんかと、一緒にしないで……!!」
 違う。違う。何もかも。
 例えその手段が正しくないとしても、確かに戦争を終わらせようとしていた彼らとも。
 自ら友と呼んでくれた、強さも弱さも教え、共有してくれた彼とも。
 ――どれだけ否定したくても、確かに戦うことに高揚を感じてしまう自分とも。 
 この男はただ自分が愉しむためだけに、人の大切なものを奪う。戦いに駆り立てるために意志を嗤い、誇りを傷付け、尊厳を踏みにじる。そんな者に『同類』などと――『友』などと死んでも言われたくなかった。そんなことを――。
「……」
 猛り狂ったハルドメルの激情が、水を打ったように静かになる。それを見て何を感じたのか、ゼノスは満足そうに笑みを浮かべた。やはりお前は同類だ、と。
「お前こそがやはり、俺の唯一の友に相応しい!」
 そう叫ぶや、ゼノスは神龍の拘束具を破壊する。解放された途端に魂を焼き付くさんと吐き出された蒼い焔は、光の加護を持つハルドメルにも、超越者の力を得たゼノスにも全く効かない。ここにもし他の者がいたらテンパードにされていただろう。
 かの龍の力を抑え込んだゼノスが、その身を融合させ全ての力を手に入れる。だがハルドメルは、不思議と恐れを抱かなかった。
(絶対負けない)
 神龍が呼び降ろされた時、勝ち筋など全く見えなかった。それでもなんとかしなければと、ただその想いが募るばかりだった。
 だが、と剣の柄を握りしめる。多くの人の願いに触れた。その先を見たいと思った。ただ自分の悦楽のためだけに殺戮を犯してきた男になど負けるものか、と。燃えさかる焔ではなく、熱した鉄のように静かに、赤々と闘志が宿る。

 それは正しく、魂ごと燃やすような激闘だった。
 足場は殆ど崩れ去り、ハルドメルは神龍の尾を伝ってその背を駆ける。翼からも放たれるエーテルの光線を躱しながら、ただ敵を狩るためだけに生み出された眷属の龍達を斬り伏せる。
『来い、友よ! 俺が手にした力の全てを見せてやる!』
「ッ……友じゃない!!」
 あれ程焦がれた、初めてそう言われた時あんなにも嬉しかった『友』という言葉を、こんなにも否定する日が来るなんてハルドメルは思っていなかった。だが、そうしなければならない。この男を、否定しなければならない。
(……、あ、った!)
 ゼノスの背を飛び降り、ハルドメルはずっと探していたそれを見つけた。
 数多の伝説や神話から、そして第七霊災を引き起こした滅びの象徴バハムートを元に創造されたのだろうと、エオルゼアの知者達が推測していた。
 確証はなかったが、可能性はある――そう思って探していた、『逆鱗』。触れれば怒り狂うとされているそれは、龍の弱点ともされている。
 ただ破壊するためだけに生み出された神龍に、何故弱点があるのか。『龍』というイメージに引きずられて、無意識のうちに備わってしまったのか。あるいは――否、これ以上はただの妄想だと、ハルドメルは武器を構え直す。
 迫る巨大な爪が腹部の鎧を掠め、いとも容易く金属が裂けた。浅くはあるが傷ついた箇所から血が溢れ出すが、構わず跳躍する。足に乗り、肩を駆け、その一点に全てをかける。
「ああぁッ!!」
 深々と剣が突き刺さる。咆哮を上げる神龍はもがき苦しむように暴れ、ハルドメルは空中に放り出された。アラミゴ空中庭園の遙か上空。神龍の身体を構成していたエーテルが解けるように光となって消え、残ったゼノスの身体もまた落下を始める。
 一人なら恐らく、なんとかなる。見殺しにすることはきっと容易い。だがリセは、恐怖で支配するアラミゴにはもうさせないと言ったから。
「――っ!」
 地が近付く中、ハルドメルはその身体を無理矢理掴んで、目一杯エーテルを放出、展開させる。
 ――轟音が響き、全身が潰されそうな衝撃。だが、生きていた。ハルドメルが視線だけ動かせば、男が僅かに息をしているのが見て取れた。
「……皆が、皆……お前みたいに、獣じゃ……ない……」
 この先は、法によって決められるべきだと、肩で息をしながらハルドメルは言う。痛む身体を無理矢理起こすと、帝国兵を退けたリセ達が奔ってくる所だった。
「ハル!」
 よろめきながらそちらへ歩けば、すぐさまアルフィノが回復魔法をかけてくれる。耐えきれず膝を突くが、温かさと心地よさにほうと息を吐いた。
「ゼノス……!」
 リセの憎々しげな声に振り返ると、あれだけの戦いを経てなおゼノスは両の足で立ち上がっていた。
 その表情の、なんと晴れやかなことか。
「愉しかった……最高の戦だった……」
 その声の、なんと至福に満ち足りたことか。
「あぁ……ここだ……今、この時だ……俺の心臓は永く、この時のために鼓動してきたのだ……先など、決して在るべきものか」
(どうして、そんなに――)
 ハルドメルの脳裏に、ゴウセツの言葉が蘇る。
『幕を引くはここぞと知り、心血を燃やし尽くせるは――』
 もう、彼を止めるほどの力は残されていなかった。赤々とした夕日に照らされた、誰よりも満足そうなその微笑みを、見ていることしかできなかった。
「さらばだ……俺の最初で最後の友よ」


 空に響く、アラミゴの国歌。それはいつかどこかで聞いた、帝国軍が歌っていたものと同じ旋律だった。否、アラミゴのものだったそれを、帝国が奪ったのだ。
 どこまでも誇りを傷付けるそのやり方に怒りを覚えはすれど、今はただ、自由を取り戻したその歌に耳を傾ける。
 震える声も、啜り泣くような音も――生まれて初めて歌うのだろうか、どこかたどたどしい旋律も。全てが合わさり、響き渡る。
 終わりと始まりの赤を纏うリセが天に手を掲げ、喜びの声がアラミゴ中に広まっていった。

「アレンヴァルド! ウ・ザルも! 無事でよかった!」
「むぐっ……そりゃこっちの台詞だって……」
「ハル、ハル……! よかった、ありがとう……!」
 相も変わらずハグを仕掛けてくるハルドメルに呆れながらも苦笑するウ・ザルと、祖国解放に感無量といった様子のアレンヴァルドがハグを返す。
「手当受けたならまぁいいけど、さっさと引っ込んだほうがいいぞ。英雄はどこ行っても引っ張りだこだろうからな」
「ふふ、ありがとう」
 彼なりの気遣いに感謝しつつ、ハルドメルは今にも泣きそうなアレンヴァルドにも軽く声をかけてからその場を後にする。

「アバ……オリ……! 俺は……俺は……!」
「……」
 背後から聞こえる声に、ハルドメルもまた胸を締め付けられるような想いだ。皆を守って逝ってしまった二人の戦士は、アレンヴァルド達に特に目をかけていたから。

「はっはっは! ボウズ共、ついにやりやがったなぁ!」
「だから言ったでしょ? 人は戦いの中でこそ成長するんだって――」

 ――喜びの声に満ちたポルタ・プレトリアで、ハルドメルは懐かしい声を聞いて振り返る。
 空を見上げて涙を堪えるアレンヴァルドと、近くに控える友人達。行き交う兵士達に交じり、精悍な目付きをしたミコッテ族の男性と、すらりとした長身のエレゼン族の女性の姿を見た、気がした。

「……ずっと、いてくれたんだね」
 熱くなる目元を擦り、ハルドメルは微笑んでまた歩き出した。

 どこを歩いても声をかけられる。痛む身体を押しながら、できるだけ皆の顔を見ていく。――犠牲になった者の顔もまた。
 一通り回ったところで、喧噪から少し離れようと階段を降りた先で、ハルドメルは焚き火を囲んでいたアルフィノに声をかけられた。
「ハル! 少しは身体を休めてくれ、まったく……」
「あはは……皆の顔見てると嬉しくて……」
「バルドバルウィン殿!」
 他にも何人かが焚き火を囲んでおり、皆碗を手に談笑していたようだった。ムニフリッドというアラミゴ解放軍の兵士が、労いの言葉とともにハルドメルにも碗を差し出す。
「よろしければ一緒に、こちらのスープでもいかがですか? お口に合えばいいのですが……」
「! ありがとうございます!」
 それを喜んで受け取り、ハルドメルもアルフィノの隣に腰を下ろす。疲れた身体には、その温かさに触れるだけでも効き目がある。焚き火とスープ、二つの熱を感じながらハルドメルは火傷しないように軽く息を吹きかけた。
「同盟軍の者から、エオルゼアで帝国軍との戦いの際にスープを配ったという話を聞いていたんです。自分も機会があれば……なんて思っていたのですが、本当にあなたにお渡しすることができて、光栄です」
 嬉しそうに話すムニフリッドに、ハルドメルも微笑み返すと、そっとスープに口を付けた。
「……おいしい」
「そうですか! よかった……」
 温かさが喉を通っていく。塩味と香草の香りが味覚を刺激して、辺りに満ちる喜びと安堵の空気に胸がいっぱいになる。
「……おいしい……っ」
 皆が驚いているのがわかったけれど、ハルドメルは困ったことに、目元を拭うくらいしかできなかった。
「……あぁ、おいしいね」
 アルフィノがそう答えて、他の者も伝播したように、頷いたり涙ぐんでいる。
 ――生きている。熱を感じ、味を感じ、笑い合って。そうしてまだ、先がある。
 この旅路がいつも、最良のものであるように。そう祈ってくれた友を思い出しながら、ハルドメルは笑った。

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