「うっ……相変わらずだなぁこの暑さ……!」
久々に降り立ったザナラーンの地は、ギラバニアとはまた違う暑さでもってハルドメルを迎えた。
アラミゴは帝国支配下から解放され、リセ達による新しい体制作りが始まっている。基本的に戦う事以外あまり役に立てないと自覚しているハルドメルは、各地を巡りながら復興の一助にもなるかもしれないと様々な依頼を引き受けていた。もちろん、リンクパールで呼びかけられればすぐにアラミゴに戻るつもりではあるのだが。
今日やってきたのは、リトルアラミゴ。エオルゼアに逃れたアラミゴ難民が住まう洞窟だ。一通の手紙を持って、かつて世話になったリトルアラミゴの顔役の元へ向かう。
「……うちの若者達を救ってくれた冒険者が、よもや祖国を救った解放者になるとは……あぁ、よく来てくれたハルドメル」
「お久しぶりです、グンドバルドさん」
鉄仮面の情報を追っている時にも彼には手を貸してもらった。――ウィルレッドのことを気に病むハルドメルに、温かい言葉をかけてくれたことすらあった。
「今日は手紙を。ウィチャードさんから……甥御さんですよね?」
「これは驚いた。懐かしい名だ……」
グンドバルドは深く皺が刻まれた顔を綻ばせ、その手紙をじっくりと読む。手紙には彼の甥ウィチャードから、アラミゴで共に暮らさないかという内容が書かれている。
だがグンドバルドはリトルアラミゴにいる同胞達を置いてはいけないと誘いを断った。そして、故郷に帰りたいと望む者達の面倒を見てもらうことができるだろうか、と言うのだ。
「小間使いのようなことをさせてすまないが……ウィチャードに尋ねて来てくれないだろうか?」
「ふふ、小間使いのようなってウィチャードさんも同じこと言ってました……大丈夫です! リンクパールで仲間に確認してもらいますから」
ハルドメルは一度洞窟から外に出ると、早速リンクパールを使ってアルフィノに連絡する。暑い陽射しに焼かれないよう、岩場の影でリンクパールの音に耳を傾けた。相手を呼び出す音は数回で止まり、聞き慣れた声。
声の主アルフィノは随分と忙しそうだったが、気にも止めない様子で『確認してくるよ』と一度通信を切った。そう間を置かずに、再びリンクパールが軽やかな音を立てる。
『ウィチャード氏に確認してきたよ。喜んで引き受けると二つ返事で了承してくれてね。私の方でも解放軍に掛け合って、難民を受け入れるための支度金の検討を急いでもらおうと思う。話自体は既に上がっていたからね』
「ありがとうアルフィノ! 助かるよ」
『このくらいはなんてことないさ。しかし陸続きとは言え、リトルアラミゴの民には長い旅になるだろう。食糧や水の手配を手伝うなら領収書を……と、君には言うまでもないかな』
「うん、大丈夫。……心配かけちゃうね」
ハルドメルも両親と長く行商の旅をしていたため、証書の扱いはある程度わかっている。――解放者などと呼ばれている手前、目立つような金の流れには気を使わねばならないことも。
『窮屈な思いをさせてすまないが、君自身を守るためでもあるからね。立て替えるなら領収書以外に、念のため商人と難民代表の人と……そちらには不滅隊が詰めていたはずだね? その隊長格の方に一筆書いてもらうといい。こちらからもラウバーン局長を通して子細を伝えよう』
「……うん、ありがとう。すごく助かってるけど、アルフィノもちゃんと休んでね?」
『肝に命じるよ。昨日もたまたま書類を見たアリゼーに誤字脱字だらけだとどやされたばかりだしね……』
アルフィノが肩を竦めて苦笑いする姿が目に浮かぶようだ。クリスタルブレイブのことを思い出すのか、あれ以来取引や書類に関しては石橋を壊す勢いで慎重に対応するようになっている。
過ちを繰り返すまいと努力する彼は、既に本人が思う以上に周囲から信頼を勝ち得ていることだろう。
――ハルドメル個人の善意であっても、解放者や英雄として見る周囲の人間からはそうはいかない。あまり手を貸しすぎても、難民達の自立を妨げる可能性もある。個人個人の依頼程度ならただの冒険者として請け負ったということにもできるが、今回は流石に規模が違うのだ。
アルフィノから証書の文言についていくつかアドバイスをもらった後、ハルドメルは快諾の報をグンドバルドにも伝える。早速希望者を募り旅支度を始めさせるという彼に、『解放軍からの支援』でチョコボキャリッジや食糧を調達する手伝いも申し出た。
「こちらから頼みたいくらいだと言うのに……力を貸してもらい感謝する。証書についてもわかった。帰還希望者は今夜中には結論が出るだろう……そこから人数に合わせて調達をお願いしたい」
「はい、任せてください! ウルダハからなら一日あれば到着できるはずですから、明後日の朝には出発できると思います」
笑顔で答えるハルドメルに、グンドバルドは一度目を伏せる。僅かな沈黙の後、そしてゆっくりと口を開いた。
「……実はもう一つ、相談事がある。ウィルレッドのことだ」
あくまで穏やかなその声に、思考が停止しかけたハルドメルも深く呼吸してその続きを待った。ウィルレッド――クリスタルブレイブの陰謀に巻き込まれて命を落とした、リトルアラミゴの若者。
「奴は、誰より故郷の奪還を夢見ていた。……一度も見たことのない故郷なのに、だ」
「……はい」
「だから……手元に戻ってきた彼の剣だけでも、アラミゴに送り、弔うことができればと考えているのだ」
綺麗に手入れされた、一振りの剣。その重みを受け止めて、ハルドメルは頷いた。ウィルレッドの幼なじみベルトリアナと共に、ギラバニア湖畔地帯にある慰霊碑に彼を連れて行く約束を、した。
――――――
アルフィノ経由で情報が伝わっていたお陰で、帰還の準備は滞りなく進んだ。暑い日中を避け、まだ日が昇る前からの出発となる。
「すごいすごい! 砂漠の外に行くなんてはじめてだ!」
眠気も忘れ、はしゃいで喜ぶ男の子に周囲にいた人達も表情を和らげた。リトルアラミゴや周辺の砂漠地帯しか知らない子供達には、故郷に帰る以上に目の前の大冒険に目を輝かせている。
道中、高齢者や子供は優先的にキャリッジに乗せ、歩ける者は交代で乗り込んだ。
「ベルトリアナさん、そろそろ交代した方がいいですよ。無理は禁物です!」
「そういうハルドメルさんも、全然休んでないじゃないですか……」
「私は慣れてますから! 疲れたら自分のチョコボもいますし」
それに大きいから……と肩を竦めて言えば、ベルトリアナは疲れが滲む中でも笑顔を見せた。
「……手紙の通り、ですね」
「手紙?」
「ウィルレッドから、一度だけ届いたんです……彼、字の読み書きができなかったんですけど、冒険者になって、クリスタルブレイブに入って……アレンヴァルドっていうアラミゴ人の友達と一緒に特訓してるんだって」
「……そうだったんだ」
「……ちょっと遠目に見てたらおっかないのに、話してみると案外気さくだって」
「……私?」
「はい」
長距離を歩き、汗を滲ませながらも笑うベルトリアナに釣られて笑う。
「……私も、ハルさんと呼んでも?」
「――もちろん! ベルトリアナ!」
帰還者の一団の旅は、一週間程度続いた。時折現れる魔物や襲ってくる野盗をハルドメル達護衛者で蹴散らしながら。道中で入手した見知らぬ果物の瑞々しさに、驚きと喜びで興奮する子供達を見守りながら。
そうして湖畔地帯の入り口で、誰もが感嘆の声を上げた。
「峨々たる山並み、雲の海原、そびえ立つ城塞……本当に……全部、グンドバルド様が語って聞かせてくれたとおり……」
鞘に収めたウィルレッドの剣を抱きしめるように、ベルトリアナが呟いた。じわりと滲む想いに、ハルドメルも釣られるように身体が熱くなる。
暁が解放軍へ関わることになった時、ハルドメルもまたそれに協力することを決めた。――自身が剣を取る理由を、願いを、自分の中で決めた。
その一つが、友のためだった。故郷を取り戻したいと願う友と戦い、進み、焦がれた場所へ行きたかった。その景色を、共に見てみたかった。――漸く叶う。ウィルレッドの分まで。
皆の興奮冷めやらぬままアラミゴの市街地へ辿り着き、ハルドメルは世話役を買って出てくれたウィチャードに再会した。
「皆さんのことよろしくお願いします、ウィチャードさん」
「ええ、お任せあれ! ハルドメルさんもここまでの護衛に物資の手配……本当にありがとうございました!」
「アルフィノが色々やってくれてたから私は何も……あ、そうだ……」
ごそごそと荷物を探るハルドメルを見て、あぁとウィチャードが頷いた。
「証書関係でしたらお預かりしますよ! アルフィノさんにも頼まれましたから!」
ひょっとしてアルフィノは過保護なのでは? なんて思いつつ、ハルドメルは証書をウィチャードに渡す。アルフィノにも言われたとおり、これはアラミゴ解放軍の支援であるという証明書に、写しも含めて受渡日とサインを代表者達に記入してもらう。
「うーん厳重……」
「それくらいのことをあなたは成し遂げたということですよ。立て替えた分は今日中にお渡しできるはずですから、アルフィノさんからの連絡をお待ちくださいね」
帰還者達のやりとりが一息ついたところで、ハルドメルとベルトリアナは慰霊碑のことを訊ねた。アラミゴからそう遠くない場所にあるという『エラントソードの墓』。友との旅の終着点に、二人で向かう。
――――――
「ウィルレッド、見えている?」
アラミゴが良く見えるよう、剣を掲げるベルトリアナが語りかける。その声が微かに震えているのは分かっていたが、ハルドメルはその静謐な別れを見守った。
「この景色を、あなたと一緒に見たかったわ、ウィルレッド……」
ふと、ベルトリアナの表情に既視感を覚えて、ハルドメルは記憶を探る。そうして浮かんだのは、一人の女性。
(ムーンブリダさんと、少し似てる)
顔が、というわけではない。語りかける声が、その柔らかな面差しが。『誰か』を想っている人のものなのだろう、と。
ベルトリアナが見せたそれは、ウリエンジェのことを話し、想っている時のムーンブリダを思い出させた。
(……特別)
自分にとっての『特別』だ、と彼女は言った。幼なじみというだけじゃない。腐れ縁だとか友達だからというだけでもない。好き嫌いだけでも語りきれない、そんな、『特別』を想う人の表情。
(……綺麗だな)
ベルトリアナが剣を慰霊碑に納め、祈る。
胸に去来する想いは沢山あったけれど、ベルトリアナの横でハルドメルもまた心のままに、祈った。
(……連れてくるの、遅くなって、ごめんね)
乾いた風は、容易に汗を攫って乾かしていく。
(あなたの魂が故郷で、安らかでありますように)
「どんな国になったのか、必ず報告に行くから……だから、もう少しだけ、天上で待っていてね」
祈りながら聞こえた言葉に、ふと思う。
もし、ドタール族が信じるように、生まれ変わりが存在するのなら、彼らの。
――彼の魂は、今どこにいるのだろうか、と。
