【長編】答えはいつか、旅の果てで。 FF14 紅蓮編

49.親友

 久方ぶりに訪れた親友の眠るクルザスの地は、相も変わらず純白の雪に覆われている。
 それでも折を見て訪れる時晴れ間が多いのは、いつもの笑顔で彼が歓迎してくれているようで嬉しかった。
「久しぶり、我が友」
 ふふ、と笑って語りかける。ギラバニアに旅立つ前に立ち寄ってから、実際に経過した時間よりももっと長く来ていないような気がした。肺を満たす冷たい空気を感じながら、ハルドメルは慰霊碑の隣に腰を下ろす。
 二つのカップに温かな薬茶を注ぎ、一つを慰霊碑の前に置いて、一つは自分用に。そっとカップを近付けて、乾杯した。
「来る途中にフランセルに会ったよ。元気そうでよかった……後でまた話しに行かなくちゃね」
 そう言って、ハルドメルの言葉が途切れる。何かを思案するように僅かに目を伏せ、ややあってから顔を上げた。眼前に広がる雲海と、その上に浮かぶようなイシュガルドの姿を眺めながら。
「……聞いて、シュファン。今回の、旅の話も」
 ハルドメルは語り始める。アラミゴの実情を知った事。ラールガーズリーチを襲撃され、多くの仲間を失い――あの男に勝てなかった事。東方へ渡り、その地でも様々な出会いや別れがあった事。
 明るい話題ばかりとは当然いかないけれど、それでも最後は――自由を手にし、故郷を取り戻したと涙を流す人々と喜び合えて。理想と現実の差に苦しみながらも、諦めずに対話や理解を重ねようと奮闘する友の姿に希望を見て。
「皆でやってきたこと、全部積み重なってここまで来られたんだって……嬉しいんだ」
 微笑みながら、その石碑に触れる。笑顔がイイと言ってくれたから。その旅路が、最良のものであるようにと、祈ってくれたから。ハルドメル自身も、そうありたいと想う。
 そうあるように、そうあるためにどうすればいいか、いつもいつも、考えている。

――――――

「ねえ」
 無垢な声に呼び止められ、部屋を出ようとしていたハルドメルは驚いて振り返った。
「一緒に遊ぼう? 一人で遊ぶのは飽きちゃった」
 あちこち飛び回っては依頼を引き受け、復興の手助けをしている中で、ハルドメルは時折ゴウセツの元を訪ねてツユの様子を見に来ていた。
 記憶を失ったヨツユ――ツユは相変わらず童のように無邪気で。だがこうして声をかけてくるのは珍しかった。
「これツユ、ハルドメル殿は忙しい身。拙者が相手をしてやるから我が儘を言うでない」
「いや! おじいちゃんおままごとわからないって言うもの! 他の人は皆こわい顔してくるし……」
 部屋の外からは、今でもまだ警戒を続けるユウギリの気配を感じる。戸惑うハルドメルはしかし、表情を緩めて襖をもう一度閉じた。
「私でいいの?」
「うん! あなたは、あのツノの人みたいに睨んでこないから」
 ツユに視線を合わせるようにしゃがんで、ハルドメルは微笑んだ。
「……わかった、何して遊ぼうか?」

 ――起こったこと、やったことは、なかったことにはならない。
 罪とはどこにあるのか。ゴウセツの言葉を思い出し、ハルドメルもまた自問する。
 アラミゴではフォルドラや髑髏連隊に連なる人、帝国に情報を売っていたような者への怨嗟の声は未だ深く。
 ドマでも当然帝国軍や、代理総督として人々を虐げてきたヨツユに対する感情は、例え本人の記憶がなくなろうと薄まるものではない。

 許せない。許せるわけもない。それでも――助けてくれたことには礼を言う。そう言ったラガンフリッドの言葉は、ハルドメル自身もまた、与えられたことがある。
 イシュガルドの教皇を斃した。それは彼を慕う者にとってはやはり、簡単に受け入れられるものではない。それでも、イシュガルドを救ってくれたことには礼を言う、と。
 ――そうしてハルドメルもまた、同じことを思い、答えたことがある。ローレンティス達の処遇について聞かれた時に。
 情が湧いた、と単純に判じられるものではない。
 だが、『知らなければ』、答えは違ったかもしれないとも思う。彼らのことを。その歩んできた道を。そこにある想いを。

「はいどうぞ!」
「何を作ったの?」
「えっとね、おにぎりとお味噌汁と……」

 空のお皿を並べて無邪気に話すツユは、本当に記憶がないことが分かる。だからハルドメルもまた、ただ一人の女性として接した。少なくとも、『今』の彼女に敵意を向けることは、ハルドメルにはできなかった。

 自分は『勝った側』だからこうして自由でいられているのだと、事ある毎に思わされる。もしも逆だったなら、フォルドラやヨツユのように大勢の人間から殺すべきだと罵倒されるだろう。
 こうしている今も尚、帝国では『蛮族の英雄』に身内を殺され、憎しみを募らせている人がいるのだろうから。
 いつか、自分も――。

「おいしい?」
「うん、おいしいね。ツユは料理上手!」
 もしも彼女の記憶が戻ったら、どの口がと嫌悪されるだろうか。ドマの人々がこの光景を見たら、ドマ解放の立役者が何故と落胆するだろうか。
「……童と遊ぶのに慣れているでござるな」
 最初こそそわそわと落ち着かない様子で見守っていたゴウセツも、今は穏やかに二人を見ていた。
「慣れてはないですよ。怖がられること多いですし……これはなんというか……母さんの真似かな」
 子供の相手が上手かったから。そう答えれば、彼は目を細めた。何かを懐かしむような、微かな寂寞を感じさせるそれに気付いたのだろうか。ツユはゴウセツの元に寄り手を握った。
「ごめんねおじいちゃん、いやって言って……一緒に遊ぼう?」
「んん、何事も修行と思えば良いか……」
「ふふ」

――――――

 旅の思い出を語りながら、いつの間にか物思いに耽っていたのに気付く。アラミゴが解放されたという喜ばしい結果だけではなく、残された爪痕にどう向き合うのかという問題は、ハルドメルの中にもあるものだった。

 あの時、アサヒに『俺を殺しますか』と言われて僅かでも躊躇った自分が嫌だった。ハルドメルもまたドマの和平の可能性と死の淵にある彼女を救う事を天秤にかけ、そして僅かでも躊躇ってしまった。
「……手の届く範囲なんて、嘘だね」
 この手で守れたものがいくつあるのだろう。全てに手を貸すことはできないと理解して、なのにいつも思っている、手の届く範囲にいる者すら助けられない。所詮は偽善だと突きつけられる。
 復讐を成し遂げたヨツユの、余りに穏やかで清々しい表情を――どこか、羨ましいとすら思った。今も尚胸を苛むこの痛みは、あの時の選択が間違いだったのではないかと、訴えてくる。

「……ごめん、暗いことばかり話してたら駄目だね。他に良いことも、楽しいこともあったんだよ!」
 沈む気持ちを吹き飛ばすように、ハルドメルはもう一度笑ってみせた。
 アラミゴでは復興に向け各地に逃れていた難民の帰還や、製塩業の再開も始まっている。
 特に難民については、リトルアラミゴから第一陣の帰還が成功したこともあり、早くも第二陣の予定が立てられているのだという。
 リトルアラミゴ以外からも帰郷を望む声が上がる中、アラミゴ暫定政権は資金繰りに頭を悩ませた。そんな折にアレンヴァルドが一つの噂話を持ち出してきたのだ。
「それでね、スカラっていう古い都市の遺跡を探検して――」

――――――

 その遺跡に眠っていた財宝は、貧しさに苦しむアラミゴ人のために使うこととなった。話を持ち出したアレンヴァルドの想いに、探索を共にしたハルドメル、アルフィノ、ウ・ザルの三人も当然同意した。
「へへ、大いに使ってほしいよな。限りはあるって言っても、あれだけあれば色んな事ができるんだろうしさ」
「本当、お手柄だよアレンヴァルド!」
 スカラ遺跡の冒険を終えてしばらくした後、ハルドメル、アレンヴァルド、ウ・ザルの三人は揃って近況を話していた。アルフィノも誘ってはみたものの、今から正に財宝の使い道についての会議があるのだと笑っていた。
「そういえばあの時、最後にリセに何を話してたんだ?」
「あ……うん、あそこにいるのは魔物に変えられた人達だったでしょ? ……ちゃんとした慰霊式じゃなくてもいいから、回収隊が入る前には祈ってほしいなって」
「そうか……宗教行事も禁止されてたから、伝統的なやり方知ってる人も減ってるだろうなぁ……」
 ラールガーズリーチの一角で、アラミゴの薬茶を飲みながら過ごす僅かな休息の時間。アイスシャードで冷やした薬茶が、暑さに火照った身体に染み渡るようだ。
 ハルドメルが東方に行っている間、アレンヴァルド達もいくつかの作戦を成功させていたという話をする。かなり危険な目に遭ったという内容を聞きながらはらはらとした様子のハルドメルに、二人は揃って苦笑した。自分の方こそ神龍という圧倒的な脅威と戦ったというのに、相変わらず他人の心配をよくする友人だ。
 次は彼女から東方の話を聞きながら、二人が目を白黒させる番だ。報告書である程度の出来事は把握しているとは言え、クガネについて早々に東アルデナード商会の人間に声をかけられたと聞いた途端苦い顔をしてしまった。
「ふふ、二人ともすごい顔」
「そりゃすごい顔にもなるって……」
「はは……散々だったからなあの頃」
「まぁアルフィノもしっかり警戒してたみたいだし、もう大丈夫なんだろうけど」
「してたよ、すっごく!」
 そうやって一頻り話した後、少しぬるくなってしまった薬茶を飲む。以前リトルアラミゴで教えてもらったやり方で、ハルドメル手ずから淹れたものだ。独特の苦みと風味は好みが分かれるところだが、滋養強壮に優れているからこそだとメ・ナーゴが語っていた。
「独特だけど好きな味だなぁ。身体にイイってメ・ナーゴが言ってたし、フランセルとシュファンにも今度持って行ってあげよう」
 何とはなしに呟かれたハルドメルの言葉に覚えのある名前が出て、アレンヴァルドは興味を引かれる。
「フランセルって、蒼天街復興の、総監だよな?」
「え、うん! どうして総監のこと知ってるの?」
 訊ねられ、ひどく嬉しそうに声を弾ませるハルドメルに、話を聞いていたウ・ザルも思わず耳を立て目を見開いた。
「あ……ギラバニアに来る前にちょっとした任務でイシュガルドに行ってさ、その時にチラシを見たんだ。ハルも前に少し話してくれたし、暁の報告書でも見たことある名前だったから」
「そっか、覚えててくれたんだ。嬉しいな。アラミゴ遠征があってまだ本格化してないみたいだけど、落ち着いたら私も手伝いに行こうと思ってるよ」
 にこにこと上機嫌のハルドメルに、ウ・ザルとアレンヴァルドは顔を見合わせた。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだ?」
 つい、興味で質問してしまうアレンヴァルドをウ・ザルは肘で小突くが、ハルドメルは変わらず嬉しそうにしている。
「だって、大事な友達のこと知っててもらえるの嬉しいよ。フランセル復興のためにすごく頑張ってるから」
 微笑む表情は柔らかく、本当にその『フランセル』を大事に思っていることが伝わってくる。正直な所友人の一人として少々妬いてしまいそうな程、その真っ直ぐな想いは眩しい。つい、つられるように二人も表情を緩めた。
「……シュファンってのは、ドラゴンヘッドにいた騎士だよな。飛空艇の時とか、祝賀会で逃げた時も世話になったって」
「うん! オルシュファン・グレイストーン。皆に慕われる隊長さん! ……私のこと、友って言ってくれて、沢山助けてくれた、世界で一番、最高にイイ騎士っ!」
 そうして一際、ハルドメルは瞳を輝かせる。よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに。まるで我が事のように誇らしげにその名と、人となりを口にする。
 フォルタン家に口利きし、イシュガルドに招いてくれた事。窮地に立たされた時、いつも助けに来てくれた事。
 その人の結末は、二人も知っている。ただハルドメルがこうして彼のことを話してくれるのは、その傷が僅かでも塞がったからだろうかと思えば、友として安堵の気持ちを抱くのだ。
 ――だから、ウ・ザルはつい、ほろりとその言葉を零した。
「……本当に大事なんだな、そいつのこと」
 それを聞いて、ハルドメルは笑顔を見せた。心から。少女のような柔らかさで。
「――うん、世界で一番大好きな、私の、一番の親友!」

 ずる、と。
 二人は同時にずっこけそうになる。
 またしてもお互い顔を見合わせて――見てはいけないもの、聞いてはいけないものに触れたような気がして――冷や汗をかいた。
 一方のハルドメルはと言えば、親友のことを話せて嬉しいのか上機嫌のままだ。しかしややあってから二人の様子に気付き、どうしたの? と首を傾げた。
「え、いや…………」
 つい思ったことを零してしまったウ・ザルは返答に窮する。どうしたも何も――と思考を巡らせるウ・ザルの横で、アレンヴァルドは戸惑いながらもハルドメルを見た。
 いつだったか、彼女が誰かと交際するようなところが想像できない、なんてウ・ザルと話したことがあったけれど。
 微塵も感じられない、と思っていたそれが。――自分達だって、偉そうなことを言えるほど経験など無いとしても。
 『そうかもしれない』と感じたそれを、誤魔化してはいけないと思った。
「……ハルがさ、オルシュファンのことを本当に好きなんだなって、思ったんだよ。俺もウ・ザルも」
「……うん、好きだよ? だって」
「友達じゃなくて」
 大事な友達の、余りに無垢なその想いにアレンヴァルド自身も苦く笑いながら。
「……一人の、人として好きなんだろうなって」

 きょとんとした、とも、呆然とした、とも少し違う。
 僅かに目を見開いて、けれどぼんやりとしたような表情で、ハルドメルはしばし言葉を失った。
 その長いようで短い沈黙は二人をまた焦らせるが、やがてその視線はゆっくりと下がり、手に持った薬茶の水面へと落ちた。
 ゆらゆら揺れるそれを見つめ、また動きのない沈黙が続く。
「…………して」
 漸く零れた微かな声は、普段の彼女からは想像もつかないほど弱々しい。
「……どうして、……そう、思ったの……?」
 指摘されて焦るでも照れるでもなく、そこにあるのは、ただただ純粋な『戸惑い』だった。
 どうして、と問われアレンヴァルドが逡巡するうちに、今度はウ・ザルが口を開いた。僅かな呆れと、友への心配の気持ちを滲ませて。
「……そりゃ思うって。あんな顔して、話してたら……」

 ハルドメルは、俯いたまま。
「……そう、なんだ」
 ただ、それだけを呟いた。

――――――

 話すうちに冷えてしまった残りの薬茶を飲み干して、ハルドメルはほう、と息を吐いた。
「ねぇシュファン……私」
 いつのまにか空は曇っている。木々が風に揺られ、ざわざわとした音を立てる。
「私……」
 膝を抱え、小さくなる。
 俯いたその表情は、迷子のように頼りない。

「あなたのこと……、……だったのかな」

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