「戦神ハルオーネの御前にて、誇りをかけて戦うことを誓う!」
「我らの武、どうかご照覧あれ!」
他国との交流が薄く、鎖国していると揶揄される皇国イシュガルド。
齢十歳の少女は行商人である両親とともにその国に入り、偶然行われていた皇国立イシュガルド学園の親善試合を目にした。
「……すごい……!」
その剣技に、目を奪われた。
真っ直ぐに突き出される剣。堅牢な守りの構え。まるでその人の性根を映し出すかのような戦い方。その試合を、彼女は夢中になって見た。
振り抜かれ弧を描く剣の軌跡が、太陽の光を受けて鈍く銀色に輝く。
その銀と同じくらいに、青みがかった銀の髪が、きらきらと光って見えたのが、強く印象に残っているーー。
* * *
ハルドメル・バルドバルウィンは、生まれた時から旅をしている。
行商人の両親と共に各地を巡り、様々な文化や食べ物、営みに触れることができるこの生活を、彼女は気に入っていた。だがそんな彼女にも悩みがありーー。
『あの』
『ひゃっ!』
『あ、ご、ごめんなさい!』
声をかければ怖がられ。
『あのこだぁれ……?』
『ぎょーしょーにんなんだって』
『じいちゃんがヨソモノって言ってたぞ!』
見知らぬ者だと敬遠され。
端的に言えば、友達を作ることができなかったのだ。
ルガディン族である彼女は、同年代の子供たちよりもずっと背が高かった。同族の中でも比較的珍しい黒肌と、睨むような三白眼という見た目も相まって、怖がられたり、遠巻きに見られるのが常だったのだ。
ならば同族はと思っても、ほんの少しの滞在しかしない旅人ではどこかよそよそしく。時には優しすぎるーー言ってしまえば気弱な性格が、強きを好む種族であるが故に揶揄われることもあった。
『え、一緒に遊びたい? いいけど……えっ十歳?! 同じくらいかと……あ、ダメダメ君にはまだこのゲームは難しすぎるよ。あっちの子達と遊んでおいで!』
少し上の子に話しかけた時もこんなことを言われ、いつしか彼女は友達を作ることをすっかり諦めるようになってしまった。
そんなハルドメルに、両親は時折尋ねることがあった。学校に行ってみる気はないか、と。
彼女が学校に通わなかったのは、一所に長く留まらない旅暮らしをしていたからだ。
勉学については両親が仕事の傍ら教えており、一般的な教養の水準を備えている。
たとえ途中編入ではあっても、学校へ行けば友達を作る機会にもなり、社交性を育てる場にもなる。しっかりとした教育機関での勉強によって、今以上に将来の選択肢も広がるだろうーーそれが両親の考えだった。
だが、ハルドメルはこの旅の生活を気に入っていた。それに学校に通うことになれば寮生活となる。両親と離れて暮らすことが、子供の彼女には何より辛かった。
だから、いつも答えは決まっていた。『両親と旅をしたい』のだと。
だが、そんな彼女にも転機が訪れる。
「えっ……イシュガルド学園が……?」
両親と共に黒衣森のとある集落に来ていたハルドメルはその噂に驚き、小さな瞳をまん丸にした。
長く、イシュガルドの民だけに門戸を開いていたかの学園が、国外の者も受け入れるーー。まだ噂段階のそれを聴き、ハルドメルの心はざわついた。
今でもまだ覚えている。青空の下、弧を描いた銀の軌跡を。
ーーハルドメルとて、『学校に通う』という生活に憧れなかったわけではない。否、憧れていたのだ。友達を作り、ともに学び、休日には街で遊んで。そんなことができたらどんなに楽しいだろうかと。
そんな彼女が『もし学校に通うなら』という夢想をする時、思い描くのは決まってイシュガルド学園だった。
あの気持ちの良い、綺麗な武器捌き。人だかりの中、遠くから見ただけで名前も顔もわからない人。彼のような生徒がいる学校に行けたなら。妄想でしかないけれど、あの太刀筋から感じた彼の人柄を想い、あんな人と友達になれたら。ずっとそんな考えを心の片隅で燻らせ続けていた。
そのイシュガルド学園に、手が届くかもしれない。自分が望みさえすれば、両親は反対しないだろう。
だが旅の中でも上手くいかないことばかりだったのに、学校に行ったところで友達が作れるのか……という不安ももちろんあった。
両親に話してみるべきか否か。そんなもやもやを抱えたままベッドに潜り込んだハルドメルは、その日不思議な夢を見た。
『学校に行きたいの?』
二人組の、仲睦まじそうに見える旅人。その一人にそう尋ねられ、ハルドメルは頷いた。
『……でも、友達できなかったら……寂しいから……ちょっとこわいんだ』
夢の中では、不思議と素直に言葉にできる。
ハルドメルがそう溢すと、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
『君はどうして旅が好きなんだ?』
突然変わる話題に目を丸くしつつ、ハルドメルは考える。
『……母さんたちと一緒だから……』
『……それだけ?』
二人とも、旅装のフードを被っていて顔はよく見えない。それでもその眼差しが優しいことだけはわかったから、ハルドメルはもう少し考えて。
『……新しいこと……知らないこと……見て、聞いて、感じて知るのが好き、だから』
『……うん! なら、大丈夫だよ』
ぱちり。
急に目が覚める。
夢を見ていた。内容はあまり思い出せないけれど、ハルドメルはすぐさま起き上がって荷台を降りる。今、この内にある気持ちが消える前に、両親に話さなければいけない。
「父さん! 母さん!」
「あら、今日は一段と早起きね」
焚き火の前で朝食を作っていた母と、帳簿と睨めっこしていた父が顔を上げた。
「私……っ」
ぎゅっと手を握る。思えば何かを強請ることなど、数えるほどしかなかったかもしれない。
両親はいつもと様子の違う娘を見て目を丸くしたが、先に続く言葉を聞いて笑顔を見せることになる。
「私っ、学校に行きたい!」
