FF14 FF14学パロ はるしゅふぁん(オル光)

02.L’endroit dont je rêvais

 ハルドメルが自ら学校に行きたいと言い出し、両親は大層喜んだ。
 聞き分けが良く、家業の手伝いも積極的にやる自慢の娘だが、友達を作れない――作ることを諦め気味だった彼女を二人は心配していたのだ。
 度々学校の話はしても、決まって自分達と旅をするのだと言っていたハルドメル。両親はあくまでも本人の意思を尊重してきたが、そんな彼女が自分で学校に行きたいと言うのだから、喜ばないわけがない。
「イシュガルド学園……良家のご子息も多い伝統ある学校だから、今からしっかり勉強しておかないとな!」
「知り合いに頼んでシャーレアンから本を取り寄せようかしら!」
「ほ、本当にいいの? ……というか、国外の人が入れるって、まだ噂みたいなんだけどね……あはは」
 勢いのまま両親に話したものの、あまりに二人がトントン拍子に話を進めようとするので戸惑う。そんなハルドメルに、両親はまた顔を見合わせて笑った。
「ふっふっふ……噂……ではあるが、九割確実だ」
「えっ」
「ハル、行商人は情報も運ぶし売るっていつも言ってるでしょう……ふふ、本当は今日ハルに言ってみようって父さんと話してたの」
 うっかり口を滑らせてしまうことを危惧してだろう、噂話や、情報筋に関することにハルドメルは触れさせてもらえなかった。そうすることが正しいとは思っていたが、既に確定に近い情報を持っているらしい両親の耳の早さには改めて舌を巻く。
「じゃあ……がんばるから……編入試験、受けていい?」
「もちろん!」
 その快諾に、ハルドメルは嬉しさのあまりぴょんと両親に抱きついた。

 * * *

 そこからはとにかく勉強の日々だった。いくら両親が見てくれているとはいえ、学校に入るにはまだまだ量が足りなかったからだ。加えて試験範囲もどの程度か予測がつかない。勉強が苦でなくてよかった――と思いながら、ハルドメルはより幅広い知識を吸収していった。

 やがて、イシュガルド学園の門戸が開かれるという報が正式に流れた。編入制度の開始は星三月の中頃からとなんとも中途半端な時期で、既に他校に入学を済ませている一年生はもちろんのこと、勉学のレベルの違いや資金の問題からすぐには手を挙げられない者が大半だった。
 そんな中、編入制度開始直後に希望者が現れたというのは当然イシュガルドでも噂になる。
 一体どんな人物なのか。どうせ落ちるに決まっている。美形だといい――そんな好き勝手な噂話を知るはずもなく、ハルドメルは久方ぶりにイシュガルドに足を踏み入れた。
 各地を転々とするハルドメル達は各国を訪れる時期は決まっておらず、その時の商品や流行によって次に行く地を決めることもある。だからあの日以来、学園の親善試合を見たことはない。銀色の人は今何年生なのだろうか――想いを馳せつつも、案内されるままに試験官についていく。
(すごい……早く入ってみたいなぁ……!)
 試験は残念ながら学園ではなく、公的な施設の一室で行われるようだった。けれど道すがら、遠目に見る学園の荘厳な外観や、風に乗って聞こえてくる鐘の音にハルドメルは胸を高鳴らせた。旅暮らしだった自身にとっては未知の場所、未知の世界。それこそ見知らぬ地に飛び込んでいく冒険のようなものだ。
 絶対に合格する――否、落ちたとしても、勉強しなおして再び挑戦したい。そんな決意を胸に秘めつつ、ペンを手に試験用紙と向き合った。

 ――だが試験を終えてみて、自信があるかと聞かれたら、なんとも言えない感覚だった。伝統ある学園らしい難しい内容の問題ばかりで、確実に正解を書けたとハルドメルが思える箇所は数える程しかない。全力で挑んだものの、結果が出るまではしばらくやきもきするだろう。
(入れたとしてもこのレベルについていかないといけないんだよね……もっと頑張らなきゃ……)
 試験は昼頃から始まり、休憩も含めて長丁場だった。面接に移る頃には既に空は夕日の色に染まりつつあり、外を見れば下校中の生徒の姿が見える。部活動の一環なのだろうか、学園外にある闘技場へ向かう生徒もいた。

「え、剣術……ですか?」
「君は家政科希望だが、剣の腕も立つと聞いた。面接に来られる評議員の方も是非一度腕を見せてほしいとのことだ」
「わ、わかりました。騎士の方から見たらまだまだ未熟でしょうが、頑張ります!」
 突然の申し出に驚きはしたものの、ここで腕を見せれば試験の結果にも良い影響になるかもしれない。ハルドメルは気を引き締めると試験官とともに闘技場へ向かう。
 闘技場の中は、観客席を備えたメインステージである『十二騎士演舞場』の他にも、弓術や魔法などそれぞれに特化した演習・訓練場がある。近接武器用の模擬戦場に案内されたハルドメルに少し待っているように伝えると、試験官はどこかへ行ってしまった。
 模擬戦場の中には、学園の生徒らしき者達がちらほらいる。どこかざわざわとした気配と視線を感じるのは決して気のせいではなく、ハルドメルは居たたまれなさに小さくなりながら壁際に立って場を眺めた。

「おいあれ……」
「もしかして噂の編入生?」
「めちゃくちゃデカいな、いろいろと」
「バッカやめとけ、ルガディンは力ばっかり強くて品がないって聞いたぜ」

 そんな言葉は聞こえないふりをして小さく嘆息した。旅の中でも心ない言葉や態度をぶつけてくる人はいたし、偏見があることも知っている。怖がられることや奇異の目で見られることは慣れているから、どうということはないけれど。
 友達を作って勉学に励む学校生活に無邪気に憧れて。だが旅の中でも経験してきた嫌なことは学校にもあるのだと、当たり前のことに改めて気付いた。
(でもきっと、悪い人だけじゃないし)
 両親と繋がりがあるから、というのもあったのだろうが、旅先でハルドメルが出会う大人達は殆どが親切で優しい人だった。
 入学が決まれば寮生活になり、今までのようにすぐその地を離れるようなこともない。じっくりと仲を深めていくことだってできるはずだと。前に踏み出すと決めたのだからと、密かに拳を握りしめた。

「うわっ……!」
 すぐ傍で人が倒れる音と小さな呻き声。ハルドメルが視線を向けると、柔らかそうな金の髪を持つ一人の男子生徒が地面に倒れているところだった。
「ははっ、見たか今の踏み込み。まるで舞踏会のステップだな。剣を薔薇の花束とでも思ってるんじゃないか?」
「お得意なのは弓だけか? アインハルトも栄えある四大名家の一つだというのに剣術がこれでは、我らゼーメル家の力も疑われてしまうな」
「まぁそう言ってやるな。高等部上りたての四男坊様だぞ、期待されていないんだからいいじゃないか」
 嘲笑する声。三人の生徒が倒れた一人を見下ろしている。彼は言い返すことなく、ゆっくりと立ち上がろうとしたが盾を踏みつけられて叶わなかった。
「痛っ……」
「おいおいやめとけって、いつ『騎士様』が飛んでくるかわから……ない……」

 ――黙って何もしないなんて、できるわけがなかった。
「ッうわ……な、なんだよ……!」
 睨み付ける三白眼。見知らぬルガディンの険しい表情に生徒達は怯んだ。彼女が前に出ると、反射的に後ずさる。盾を解放された生徒は立ち上がり礼を言った。
「あ、ありがとう……」
「……部外者だな? 神聖な闘技場に入るなど赦されないぞ……」
「……剣より弓が得意なのは悪いことですか? 模擬戦場は、訓練するための場じゃないんですか?」
 ハルドメルの鋭い視線に射貫かれながらも相手は威圧的な態度を崩さない。
「ふん、前線で勇敢に戦う我らと、安全な後方から射るだけの者では全く違う」
「イシュガルドは昔、ドラゴン族と戦っていたんですよね? 空を飛ぶドラゴン族は竜騎士だけじゃ落としきれない……後方支援があるから、他の兵士も前に出られるんじゃないんですか。どっちが偉いとか優れてるなんてないはずです」
「余所者が知った口を!」

 その諍いを密かに見ている者がいることに、ハルドメル達は気付かなかった。

「何をしているのです?」
 戻ってきた試験官に、さすがに他の生徒達は矛を収める。どころか、先程とは打って変わってにこやかな笑顔で、『国外の方のようなのでお話を聞いていました』などと言うのだ。あまりの驚きと呆れでハルドメルが言葉を失っていると、試験官はふむ、と頷いた。
「今後は国外の方が来られる機会が増えるでしょうから、くれぐれも粗相の無いように……。さて、バルドバルウィンさん、お待たせしました。面接官と学園評議会のフォルタン伯爵がお見えになっています」
「あ……よ、よろしくお願いします! ハルドメル・バルドバルウィンと申します」
 にやにやと笑っている彼らには嫌な気分にはなるが、相手が引っ込んだのだからいつまでも引きずって騒ぐわけにもいかないとハルドメルは気持ちを切り替える。ちらりと金髪の彼の方を見れば、大丈夫だよ、と微笑んで口元が動くのが見えた。

「よくぞイシュガルドにおいでになった。我が名はエドモン・ド・フォルタン。お初にお目にかかる。我が国の学園の門戸を叩いてくださった貴女を、心より歓迎しますぞ」
 フォルタン伯爵は閉鎖的だったイシュガルド貴族の中でも、外部との交流や人材の採用を提案するなど開明的な人物だった。今回の編入制度も、彼が最初に声を上げ、取りまとめを行ったのだという。
「一番最初の編入希望者……制度を提案した私が是非面接に立ち会いたいとわがままを言いましてな」
「わがままなどと……ご多忙でなければ是非今後も出てほしいのですが、なんて理事会は言っていましたよ」
 柔和な人柄に、ハルドメルも少し緊張を解いた。その様子に伯爵は微笑むと、試験官に視線を向けて頷く。
「それでは、模擬戦で剣術の腕を見せていただきたいのですが、」
「模擬戦! 試験官殿、それでしたら是非私にお相手させていただけませんか? 国外の方の剣術に触れ、学びを得たいのです!」
 先程の生徒が手を挙げて割り込んでくる。試験官にはにこやかに、ハルドメルへ一瞬だけ視線を向けた時はにやりとあくどい表情で。
「ふむ、軽い打ち合いなので私でもよかったのですが……伯爵、いかがですか?」
「……確かに、学びの機会にもなりますな。よいでしょう。ただし、くれぐれも安全に、お互い怪我のないように」
「もちろんです伯爵!」
「バルドバルウィンさん、問題ないですか?」
「……はい、大丈夫です」
 ハルドメルは頷いた。相手の力量はわからない。ハルドメル自身は、旅の中で身を守るため、あるいは食糧を得るために身につけた戦い方。それがどこまで通用するか。
(負けたくないな)
 試験のことだけではない。先程の彼らの言い分にもう少し、せめて一矢報いたい。だが、それとは関係なく――イシュガルドの剣術と手合わせするのが楽しみな気持ちも、心の隅にあった。

 怪我をしないように武具と、訓練用の木剣と盾が与えられる。少し軽い分、動きやすいそれを振り、感触を確かめる。
「双方、礼、構え」
 周囲にいた生徒達もなんだなんだと観戦に来る。こうした正式な試合形式は初めてで、ピンと張り詰めた緊張感を和らげようと、ハルドメルは息を吸った。
「始めっ」
 早速切り込んでくる相手の剣を、ハルドメルは危なげなく受け止めた。押し返し、一歩退く。慣れた身のこなしに周囲もわずかにどよめいた。二人の打ち合いを、他の生徒達も興味深そうに見守る。
「何アレ、冒険者流ってやつ?」
「知らん。でもなかなかやりそうだな。貴族様の鼻っ柱折ってくれねぇかなあ」
「いやぁありゃもう折ってるでしょ。速攻で倒すつもりだったってさっきの」
 未だ貴族と平民の溝が深いイシュガルドでは、生徒の間でもそれがある。普段から何かと対立する平民の生徒達は、自然とハルドメルの動きに注目し、時には拍手や歓声すら上がった。
 その一方で、相手の生徒は焦っていた。所詮独学だろうと高をくくっていたのに、その堅実な動きは基礎鍛錬をしっかりと積み上げた者のそれだ。簡単には崩せそうもないことが打ち合っていて分かる。
(こいつを負かしてっ! 笑ってやろうと思ったのにっ!)
 いくら剣を振ろうとも隙を見せないハルドメルに業を煮やし、彼は模擬戦で禁じられている突きを繰り出した。急所を狙いやすく、当たれば防具があっても威力の大きいそれを見て誰もが息を呑んだ。
 だがハルドメルは冷静にその動きを見切る。盾で受け流すように躱せば、後は無防備になる相手の喉元に剣を添えるだけ。
「っ……」
「そこまで! 君、今のは……!」
「あっ、だ、大丈夫ですっ!」
 試験官が試合終了と同時に相手に詰め寄ろうとするのを、ハルドメルは慌てて制止した。構えを解いて武器を置き、驚く試験官にぱたぱたと手を振って見せる。
「あの、大丈夫です! 怪我してないので!」
「あ、……ええ……?」
 周りで見ていた者達もぽかんとして疑問符を浮かべる。反則技をされたが、怪我をしていないので大丈夫? 一体何が大丈夫なのか? ――要は、相手を責めないでくれと言っているようなもので、呆気にとられるばかりである。
 そんな中で、ぱちぱちと拍手をしながらフォルタン伯爵が前に出た。
「実に見事だった。バルドバルウィン殿。基礎からよく鍛錬されているのが見ているだけで伝わってきた。騎士科希望でないのが実に惜しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます!」
 二人のやり取りに少しずつ周りも冷静になり、平民の生徒達からは拍手も起こる。
「……彼のことは後日、厳重注意としてもらえるだろうか。理事会には私からも事情を伝えておこう」
「……はい、厳しく言い含めます」
 ハルドメルには気付かれないよう、伯爵と試験官は密かにそう取り決めあった。

 そして模擬戦の後、面接はつつがなく終わった。彼女が語った学校へ行きたいという純粋な気持ちには、フォルタン伯爵も思わず眩しそうに目を細めたものだった。
「イシュガルド学園で再会できる日を、楽しみにしていますぞ」
 面接後に伯爵からかけられた言葉は、ハルドメルの胸に希望を灯した。

 ――試験から一週間後、封蝋付きの封筒を開いて、ハルドメルは喜びの声を上げることになる。

 * * *

「すまない我が友よ……私が一緒に行けていれば……」
「大丈夫だよオルシュファン。助けてくれた人もいたし、ね」
「ふむ、例の編入生か……見事な剣捌きだったと聴いたぞ!」
「うん、本当に素晴らしい腕だったよ。ふふ、キミが見たら大興奮だろうな。……あの後すぐ面接に行っちゃって、碌にお礼ができなかったのが心残りで……そういえば何年生になるんだろう。キミよりも大きい子だったけど、ルガディンの身長ってよく知らないからなぁ」
「何、縁ができれば不思議と再会できるものだ。入学を楽しみに待とうではないか。……お前を救ってくれたのなら、私にとっても恩人だ。必ず会って礼をせねばな!」

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