FF14 FF14学パロ はるしゅふぁん(オル光)

03.À bon vin point d’enseigne

 編入試験は、一週間程度で結果が出る。事前にそう聞いていたハルドメルは、両親の昔馴染みの家に下宿という形で滞在することになった。両親は仕事のために外に出ている。
 入学となれば色々と物入りだ。一人娘の決断を喜ぶ両親は、貯蓄はあっても今まで以上に稼いでおかねばと張り切っている。口には出さずともそれが伝わってくるから、ハルドメルもまたその愛情に応えたいと思うのだ。
 ――とはいえ、たとえ一週間だったとしても両親と離れて生活するのは初めてのことで、正直寂しい気持ちは強い。だが入学が決まれば寮生活なのだからと自身を鼓舞し、ハルドメルは少しでも慣れるためにとこの滞在の提案を受け入れた。

 下宿先の夫婦は一人で滞在するハルドメルを何かと気にかけてくれ、そのお陰で両親と離れる寂しさはかなり薄まっている。
「うちのことはもう大丈夫だよ。折角だからイシュガルド観光しておいで!」
 二日程はハルドメルの手伝いの申し出に感謝していた家主だったが、次の日には笑ってそう言い、街へ行くよう促してくれた。両親といる時も仕事の手伝いばかりをしていたハルドメルは、初めてきちんとこの街を見て回ることに気付く。特にクルザス中央高地付近は商品が氷漬けにならないようにと気を使うことも多く、訪れても何かと忙しかったというのも理由の一つかもしれない。
「イシュガルド……すごいなぁ……こんなに広くて大きかったんだ」
 下宿先は宝杖通りにある店舗兼住居だった。賑やかな通りを過ぎてグランド・ホプロンに立ち、荘厳なイシュガルド教皇庁を見上げる。雲海の上に浮かぶような都市は、圧倒的な建築技術の高さを思わせた。
 好奇心を抑えられず、あっちへふらふら、こっちへふらふらと歩く様は正にお上りさんだ。見慣れぬルガディンの姿に訝しげな視線を向けられているのにも気付かないくらい、彼女は観光に夢中になる。
 イシュガルド学園を外から眺めた後、下層へと続く道を歩く。上層との雰囲気の違いを感じたり、聖大厩舎と呼ばれるチョコボの訓練場やスカイスチール機工房をこっそりと窓から覗いてみたり。そうして歩いている内に、広場にある大きな像の傍に脚立が立てられ、人が登っているのに気付く。
 その像は随分と古びており、しかも片側が欠け、壊れている状態だった。そんな場所で何をしているのかと見ていると、上にいた人物が動くと同時に古い脚立が嫌な音を立てた。
「うおっ……!」
「危ないっ!」
 咄嗟にハルドメルは脚立を倒れないように押さえた。だが上にいた者はバランスを崩して――。
「――っ…………、あれ……?」
「っと……すまない! 怪我はないか!」
 落ちたと思われた人は何事もなかったかのようにそこに立っていた。目を丸くしたまま動けないハルドメルに、その男性も見慣れないルガディンであることに一瞬驚く。だがすぐに気を取り直し、苦笑した。
「すまない、驚かせてしまった。私は竜騎士見習いだ。高いところから落ちたとて、着地には失敗しないさ」
「あ……そ、そうなんですね……怪我がなくてよかったです!」
 心底ほっとした様子のハルドメルに、イニアセルもまた微笑み返す。
「あの……何をしていたんですか?」
「あぁ、像の清掃を。修理の方は、まだ資金が足らなくて難しいんだが……」
 イニアセルと名乗った男性は竜騎士を目指す者として、この像のモデルとなった蒼の竜騎士バルロアイアンを尊敬しているという。だがこまめに手入れされる建国十二騎士像と違い、この像は壊れていても後回しにされている状況を嘆き、自ら修繕のための基金まで立ち上げたのだと。
「非番の日に時間を使って清掃に来ているんだが、機工房が近いからか煤汚れがつきやすくてな」
「そうなんですね……あの、よかったら私も手伝っていいですか?」
 その申し出にイニアセルは声を上げて驚いた。それもそのはずだ。ハルドメルはどう見ても異邦人で、今出会ったばかりで、像の清掃を手伝うような縁もない。手伝ったところで、彼女にはなんの益もないはずなのだから。
「あの……ダメですか? 一人じゃ大変だと思って……」
「いや……しかし貴女にも何か用事があるだろう?」
「いえ私は……あ、そっか……」
 まだ何も話してませんでしたねと笑って、ハルドメルはイシュガルドに来た経緯を話し始めた。行商人の両親と旅をしていること、イシュガルド学園の門戸が開かれ、編入試験を受けに来たこと。今は観光していただけで、時間は十分にあること。
 編入の話を聞いてイニアセルは内心あぁ、と納得する。編入試験の結果は学力は勿論のこと、面接での応対も重要だ。だがそれとは別に、結果が出るまでの間に問題を起こせば即失格となるだろう。これは通常の入学試験でも言えることだ。そして逆に善い行いをしたことが学校側の耳に入れば、評価が上がる可能性もある。
 だからこれは、『点数稼ぎ』のために手伝いを申し出ているのではないか、と。
(あまり疑いたくはないが……)
 鋭い目付きに最初は驚くが、話してみれば純朴そうなハルドメルにそんな下心があるなどと、イニアセルは正直思いたくはなかった。だが未だに貴族の権力が強いイシュガルドで平民の、しかも異邦人が学園に入ろうとすればそれなりの根回しや努力も必要になってくるのかもしれない。
「あ、服のことなら大丈夫です! これ母さんが作ってくれたんですけど、丈夫だし汚れにも強くって……」
 ふんすとやる気を見せるハルドメル。人手があると助かるのは事実なので、少々複雑に思いながらもその申し出をイニアセルは受けた。たとえ下心があったとて、清掃を手伝おうというその行い自体は全く悪いことではないのだから。

「――なるほど、随分といろいろな地を巡ってきたのだな」
「はい! 旅をするのはすごく楽しいです! でもイシュガルドが編入できるようになるって聞いて……やっぱり学校に行ってみたくなって」
 手を動かしながら、二人で像の清掃をする。ハルドメルは旅の話を。イニアセルは尊敬するイシュガルドの偉人の話を。その土地特有の話を聞くのが好きなハルドメルは、イニアセルの言葉に興味深げに耳を傾けた。
「資金集めも大変ですよね。私も手伝いたいけど、異邦人じゃ信用してもらえないかな……あ、学制服着てたらちょっとは大丈夫ですかね……!?」
「はは、さすがにそこまで手伝ってもらうのは申し訳ないな」
「でも私も、この像が綺麗に直ったところ見てみたいです!」
 ――募金を手伝う話までは、さすがにリップサービスだろう。頭の片隅でそう思いながら、イニアセルは曖昧な笑みを浮かべる。だが同時に、本心から言ってくれていたらと願う自身の心があることも気付いていた。

 作業が終わるころには日が傾いていたが、二人でやった分、像はいつもよりも輝いて見えるとイニアセルが笑う。
「本当に助かった。感謝している」
「私もお話いろいろ聞けてすごく楽しかったです!」
「試験の結果が良いことを祈っているよ」
「ありがとうございます! あ、是非結果を報告したいんですけど、またここに来られますか?」
 イニアセルは少し迷ったが、ハルドメルの毒気のなさにつられて素直に返答した。恐らくもう来ないだろう、とは思いながら。
「そうだな、明日から少しイシュガルドを出るが、四日後に戻るから同じくらいの時刻に一度像の様子を見に来るつもりだ」
「じゃあ、その時に是非! きっと無事高等部一年生になれたって――」

 その発言を聞いて、イニアセルはぴしりと固まった。
 高等部。そう、高等部だ。この時イニアセルは思い出した。編入制度はまず、試験的な導入として高等部のみ運用されるのだという話を。
 ハルドメルは大きい。成人したエレゼン女性と遜色ない、むしろ一回り大きいくらいの身長だ。それに加えて――女性的な膨らみも大変豊かである。イニアセルは無意識の内に、『大学部』への編入なのかと思ってしまっていた。
「……高等……一年……」
「はい、今年で十六になります……イニアセルさん?」
「す、すまないっ!」
 突然の謝罪にハルドメルが驚いていると、イニアセルは心底申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「すまない、私はてっきり同じくらいの年かと……レディの年齢を間違えるなど失礼極まりないっ……!」
「え、あっ、えっ……す、すみません! 大丈夫ですよ! あはは……ルガディンって大きいから分からないですよね、年……」
 お互いに謝りあう光景に住人達は怪訝な顔をしながら通り過ぎていく。やがて二人が落ち着くと、どちらともなく笑った。
「本当にすまない。しかし高等部か……少々癖のある後輩達がいる。もし困ったことがあれば遠慮せず言ってくれ」
 イニアセルの、本心からの言葉だった。本当はとっくにハルドメルの純粋さに気を許している。
「ふふ、そうさせてもらいます……無事編入できたらっ」
 年齢が分かると、それまでより幾分幼く見えてくるのが不思議なものだと思いながら、イニアセルはハルドメルを下宿先へと送り届けるために移動を促した。
「もう日が落ちてくる。レディを一人で帰らせるなどあってはならないからな」
「あ、ありがとうございます……ふふ、絵本で見た『騎士様』みたいです」
「勿論。そうなれるよう努力しているところだ」

 四日後、約束通り合格の報告をしたハルドメルは、次は資金集めですね! とイニアセルに笑いかけるのだった。

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