FF14 FF14学パロ はるしゅふぁん(オル光)

04.Il ne faut pas réveiller le chat qui dort.

 銀色だ、と思った。
 あの日の少年とよく似たその色が目の前に現れた時。
 ハルドメルは今までとは全く違う日常が始まるのだと、無意識のうちに感じていた。

* * *

「今日からハルも一年生ね! なんだか私までうきうきしちゃうわ!」
「はは、お前の方がハルより嬉しそうじゃないか」
「ふ、二人とも大げさだよ!」
 口ではそう言いつつも、ハルドメルもまた喜びを隠しきれない。
 学校に寮生活。ハルドメルにとっては憧れであり、未知の領域であった世界へいよいよ羽ばたいていくのだ。不安もあるが、それ以上にわくわくとした気持ちが抑えきれない。
 三人の様子に、ハルドメルを預かってくれていた夫婦も思わず表情を綻ばせた。
「ハルちゃんがいてくれてとても楽しかったから、寮に行っちゃうのは寂しいわねえ。困ったことがあればいつでも頼ってくれていいのよ!」
「はい! 本当にありがとうございました! 学校がお休みの日はまたお手伝いさせてほしいです!」
「ハッハッハ、学校に行けば友達もできるだろうから、手伝いなんて気にせず遊びなさい! もちろん、うちにも遊びに来てくれるのは歓迎だよ」
「とっ、友達……!」
 その単語にハルドメルは思わず頬を紅潮させる。そうだ、友達ができれば、休みは一緒に遊ぶことだってあるだろう。当たり前のことを改めて考え、ハルドメルはそわそわと落ち着かないように指を組んではにかんだ。
「……えへへ、友達ができたら、一緒に宝杖通りに遊びに来たいです」
「もちろんだとも。是非来ておくれ!」

* * *

「どんな子かな」
「ルガディンなんだよね?」
「ゼーメルの遠縁が喧嘩ふっかけてあっさりやられたって聞いたぜ!?」
「なんか像の掃除してる黒肌のルガディンがいるって噂になってたけどその子なのかな?」
「俺は宝杖通りで配達してるとかって……」
 その日、イシュガルド学園は初の編入生の話で持ちきりだった。
 種族はルガディンで、エレゼン男性にも引けを取らない大柄な女性。黒い肌に青い髪。それからーー。
「大きいし、目つきも鋭くて迫力あったって〜」
「誰が言ってたの?」
「友達の友達の先輩の知り合い?」
「信憑性なさそう……」
「でも誰か助けたって聞いたよ?」
「それ私も聞いた! あれでしょ、アインハルトの……」

 噂の人物に関わったとされるフランセル・ド・アインハルトその人は、人に訊ねられられると、「とても強くて、イイ人だったよ。本当に編入生なのかはまだわからないけどね」
 決まってそう返し、微笑んでいた。だが悲しいかな、人はーー尚且つ思春期の学生たちはより刺激的なものや話題性のある情報を求めがちだ。フランセルの真面目な返答も、やれ外の人間だ、やれガラが悪いんだ、という噂の中では殆ど霞んでしまうのだった。

(ど、どうしよう)
 一方その頃、噂の編入生本人ハルドメル・バルドバルウィンは……校内で迷っていた。
 両親と共に教師に挨拶し、寮に荷物を運び込み、惜しみながらも両親と別れて。その後、教師に渡された案内図の通りに歩いたつもりだったのだがーー。
(なんか造りが違う、ような……)
 もらった案内図では通れるようになっている通路がない。道を間違えたのかと戻ってみれば位置は確かにあっているはずで。とは言えそんな複雑な造りでもないはずだと方向を確認しながら進んでいたが、図を見る限りでは一年生の教室がありそうなはずのエリアには、三年生のプレートがついていた。
(先生の用事待てばよかった……!)
 ハルドメルの案内をしてくれるはずだった教師は急用ができてしまったと慌てており、ハルドメルは案内図をもらったから大丈夫だと一人で行くことを申し出たのだ。後悔先立たずとはよく言ったものだが、膨らむ不安を抱えながら、ハルドメルは静かな廊下をとぼとぼと進んだ。
 どうやら今は授業中らしい。扉の窓からそうっと中を覗き込んでみると、真面目にノートに向かう者、あくびをしている者などが目に入る。
 ふと顔を上げた一人の生徒と目が合い、『あっ』という顔をされる。否、実際にその生徒は声が出たのかもしれない。僅かに教室内がざわつく気配がした。次々と視線がハルドメルに向けられ、慌てて顔を引っ込める。悪いことをしたわけではないのに、なんだか落ち着かなくて逃げるようにその場を後にした。

「……今のは」
 一人の生徒が妙に熱い視線を向けてきていたことに気づかないまま。

(ここどこだろう……図の……ここかな)
 次にハルドメルがふらりと足を踏み入れたのは広々として手入れされた中庭ではなく、奥の方にひっそりと存在する東屋があるエリアだった。周辺の草木も中庭同様に手入れされているが、あまり人が来ないのだろうことが雰囲気から窺える。
 少し離れた所には木人が設置されていた。これは学園の至る所に置いてあり、武術や魔術に優れた人材を多く輩出するイシュガルド学園らしい。
 学園内は特殊な魔法障壁が張られているらしく、屋外であっても街中程寒さを感じない。
「あ……」
 そこに人影を見つけた時、そうだ、人に訊けばよかったのだと気づく。東屋の椅子に腰掛け、後ろ頭だけがのぞいているその人に近づいた。肩にはつかないくらいだろう金の髪を一つに束ね、褐色の肌に尖った耳。エレゼン族であることが窺える。
 何故授業の時間にこんなところに人がいるかまでは考えが及ばず、ハルドメルは後ろ姿にそっと声をかけてみた。
「あの〜……すみません」
「……」
 微かに動く気配がしたが返事がない。僅かに傾いている様子から寝ているのだろうかと思うが、もう一度と声を出した。
「あの〜」
「うるっせェ! 昼寝の邪魔すんじゃねえよ!!」
「わっ!」
 振り返った男子生徒は声を荒げて闖入者を睨め付けた。だがアメジストを思わせる色をした二対の瞳がハルドメルの姿を捉えると、険しい表情を怪訝そうに歪める。
「……ンだてめぇ……?」
 男子向け制服を着た見慣れないルガディンの女が話しかけてきた。それだけでも彼ーーグリノー・ド・ゼーメルにとっては意味がわからない状況だったが、大抵の生徒であれば少し怒鳴ればすぐいなくなるところを、目の前のルガディンは『ちょっとびっくりした』程度に目を丸くしているだけでますます首を傾げる。
「お、お休み中にすみません、ちょっと迷ってしまって……あ」
 その時、鐘の音が響き渡る。どうやら授業が終わったらしく、校内からざわざわとした人の気配が感じられた。
「……ん? あれ、授業……え?」
 そこでようやくハルドメルは目の前の男子生徒が授業に出ていなかったーー所謂『サボり』をしていたのだと気づく。
「え……サボってたんですか?」
 学校という場所に憧れていたハルドメルは、いきなり授業をサボる生徒に遭遇し純粋に驚いた。思わず口をついて出た疑問は、グリノーの機嫌を再び損ねるのに十分だった。
「うるせえっつったろ! ここは俺の庭だ! とっとと出てけ!」
「ええっ!?」
 学園の中で俺の庭!? とますます疑問符を浮かべるハルドメルに、苛立つグリノーは立ち上がった。自分と遜色ない身長なのがまた腹立たしいと思いながら。
「大体てめぇはなんだ。不法侵入か? 返答によっちゃタダじゃおかねぇぞ」
「わ、私は……」

「ようやく見つけたぞ! 我が友よ!」
 校舎に響き渡るような覇気のある声がして二人は同時に声のした方へ顔を向ける。
 駆け寄ってきたのは、銀色の髪を持つエレゼンの男子生徒。よく晴れた日の空を思わせる瞳がハルドメルを捉え、きらりと輝くような笑みを浮かべた。
「……おめぇの知り合いかよフォルタンの。さっさと連れてけ、邪魔だ」
「あぁ、これはグリノー卿! 彼女は編入したばかりで不慣れでな! どうかご容赦願いたい!」
 ふんと鼻を鳴らしてハルドメルを一瞥すると、グリノーは不機嫌を隠さず東屋へ戻る。どっかりと再びベンチに腰を下ろしたのを確認すると、フォルタンの、と呼ばれた男子生徒はハルドメルの背を押すように手を添えた。
「さあ、教室に行くのだろう? 案内するぞ!」
「あ、え……あ……はいっ……」
 混乱する思考で、促されるままハルドメルは歩く。

 彼は誰なのだろう。
 どうして声をかけてくれたのだろう。
 ーーどうして、あの日の銀髪の少年を思い出すのだろう。

「……と、クラスは……フランセルと同じと聞いているが、2組で間違いないだろうか?」
「は、はい……2組です……あの……」
 何から訊ねればいいのか逡巡するハルドメルの様子を察したのか、校内に入ったところで彼は一度足を止めて向き直る。
「突然すまなかった。私の名はオルシュファン・グレイストーンと言う。……編入試験の日、闘技場で金髪の男子生徒を助けてくれたのは貴女だろう?」
 ハルドメルが戸惑いながら頷くと、オルシュファンは目尻を下げて微笑んだ。それは例えるなら、自分を見守る両親のような、慈愛と親愛に満ちた表情だと、ハルドメルは感じた。
「その男子生徒……フランセルは私の親友だ。貴女の勇敢さや出立ちはあいつからも聞いていたが、是非会って礼をしたいと思っていたのだ。先程教室を覗き込んだのが見えてもしやと思い、探していた。我が友を助けてくれたことを、心から感謝している」
「あぁ……! お友達だったんですね……! 声をかけてもらってありがとうございます。迷っちゃって……私はハルドメル・バルドバルウィンです。あの後は話すタイミングがなくて、お名前も聞けなくて……彼に怪我はありませんでしたか?」
 物腰が柔らかそうなエレゼンの青年を思い出し、ようやく理解できたとハルドメルは破顔した。それを見てオルシュファンもまた笑みを深くする。
「擦り傷や打ち身程度はあったがそれは騎士科でも日常茶飯事だしすぐ手当を受けたからな、安心してくれ。……しかし」
「?」
 返答にほっと胸を撫で下ろすハルドメルだが、妙に熱の籠った眼差しを受けて首を傾げた。
「……服の上からでもわかる、よく鍛えられた肉体……! ゼーメル家の流れを汲む者の横暴に立ち向かう強き心、一騎打ちに勝つ剣捌き……! くっ……実際目にできなかったのがこれほど口惜しいとはっ!」
「え、え」
 ぐっと拳を握り締め、目を輝かせながら前のめりになるオルシュファンにハルドメルは気圧される。どうやら褒められているのだと理解して、かぁっと頬が熱くなった。
「時間があれば是非私とも剣を交えてほしいッ! 煌めく汗、躍動する肉体……想像するだけでイイッ!」
「え、えっと……ありがとうございます……私で、よければ……」
 恥ずかしそうにはにかんでそう答えれば、オルシュファンもうんうんと満足そうに頷く。
「もちろんだとも! 貴女のように強く勇敢な人と同じ学園で学べることを誇りに思う。友として、フランセル共々研鑽を積もうではないかっ!」
「…………」
 友、という言葉を受け、考え、理解してーーハルドメルの黒い肌が鮮やかな赤に染まる。そういえば最初に声をかけられた時も『我が友よ』と言っていたのを思い出す。だがそれは声をかけるための方便だと思っていたのだ。
「と、……友……?」
「そうだ! 友……」
 言いかけてオルシュファンはハッと何かに気づいたように前のめりになっていた佇まいを直し、照れたように笑った。
「すまない、急にそんなこと言われても戸惑うだろうか。フランセルやコランティオ達にもよく言われるのだ、最初から距離が近すぎると……」
「そんなことっ……」
 身を引くオルシュファンを引き止めるように、ハルドメルは思わずその手を伸ばしかけた。その手は何も掴むことなく半端に浮いたまま、きゅっと恥ずかしげに握られる。
「あ、あの……」
 確かに唐突で驚きはしたが、ハルドメルにとってはただただ純粋に嬉しかった。今まで手にできなかったものを、当たり前のように、なんでもない事のように差し出してくれた。
 ただそれだけで、彼は最初の、初めての特別たり得た。
 せっかく飛び込んできたのだ。前に出なくてどうするんだ、と、ハルドメルは勢いのまま一歩を踏み出した。
「嬉しい……すっごく嬉しい、ですっ……友達……なって、くれますか……?」
 少し自信がなさそうに、けれど引っ込めかけた手を伸ばし、はにかんで微笑むハルドメルに、オルシュファンもまた満面の笑みで答えた。
「……ああ! 喜んで!」

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