FF14 FF14学パロ はるしゅふぁん(オル光)

08.Avoir le coeur sur la main.

 指定された場所にやってきて、ハルドメルは思わずあ、と声を漏らした。ひっそりとしているが、綺麗に手入れはされている草木と東屋。その場所は、編入初日に迷い込んだ場所だったからだ。
「いらっしゃいハルドメルさん! さあこちらへどうぞ」
「ハルア先輩! お邪魔します、グリノー先輩も」
「……おう」
 しかめっ面をしたグリノーの心境がどんなものか、ハルドメルには分からない。だが以前のように出て行けと言われないことや、とげとげしい雰囲気が少し丸くなっているような気がすることには少し安堵した。
「ふふ、じゃあ……始める前に」
 ハルアが促すようにグリノーに視線を向ける。しかめっ面のままのグリノーはその視線から逃れるように明後日の方を向いているが、ハルアはもう一度声をかけた。
「グリノー?」
「……………………悪かった」
 ぶっきらぼうに伝えられた謝罪に、ハルドメルは首を振る。事実、書類が出てきたのは自分の机からだったのだから。
「いえっ、私も書類に気付かなくって……それに足、思いっきり攻撃しちゃってすみませんでした」
「あ? なんでお前が謝んだよ!」
「ええっ!? すみません!」
「あのなぁ!」
「もう、怒らないのよグリノー。判決はハルオーネ様が下された。告発者は過ちを認め謝罪し、被疑者はそれを受け取る……旧態依然の制度だけれど、終わった後のことも含めて正しく執行されれば、お互い後腐れはないものだわぁ」
 グリノーを宥めるように腕に触れてそう言うと、ハルアはハルドメルに向かって真っ直ぐに立った。スカートを摘まんで片足を少し引き、膝を曲げて、淑女らしく美しい礼をする。
「謝罪を受けてくれてありがとう、ハルドメルさん。あなたさえよければこれからも、学友としてお付き合いいただけると嬉しいわぁ」
「は、はい! もちろんっ……そうしてもらえると嬉しいです!」
 美しい所作に見蕩れていたハルドメルは、安堵と喜びに僅かに頬を紅潮させながら微笑んだ。
 ハルアも嬉しそうに、グリノーは相変わらずばつが悪そうな表情ではあったが、三人の間に穏やかな空気が流れる。
「じゃあ折角の紅茶が冷めないうちに、始めましょうか」
 三年生の教室が多い学習棟と特別棟。その中間の奥まった場所にある庭園。グリノーが『俺の庭』と主張するその場所で、小さなお茶会が開かれた。

『お茶会ですか?』
『えぇ。冤罪であなたに迷惑をかけてしまったから、お詫びと、仲直りの印にと思ってるのよ』
『め、迷惑なんてそんな……!』
 決闘裁判の翌日、ハルアに声をかけられたハルドメルは恐縮しながらそう答えた。疑いはかけられたが結果として潔白は証明されたのだし、寧ろ勝つためにグリノーに強く攻撃してしまったことを気にしていたのだ。
『大丈夫よぉ。あのくらいの傷なら騎士科では日常茶飯事だから』
 尚も戸惑うハルドメルに微笑んで、ハルアはその大きな手を両の手で握った。
『怒ってるように見えるかもしれないけれど、グリノーも反省してるの。それに……とびっきり美味しい紅茶とアップルタルトを用意してくるから、あなたと一緒にいただきたいわぁ』
 決してアップルタルトに釣られたわけではないのだが、相手がそうしたいと望んでいるのなら――もし断ってしまったら、心のどこかにもやもやとしたものを残してしまうのだろう。そう思い、ハルドメルはお茶会の話を受けることにしたのだ。
 それに戸惑いはしたが、尊敬する先輩、ハルア・ステラティアからの誘いが嬉しくないわけがなかった。

 庭園は背が高い植え込みやパーティションで囲われ、一見しただけでは気付きにくい。棟を行き来する際によくよく見れば、東屋の屋根が見えることに気付くだろう。一歩入れば、時間によっては穏やかな陽射しの降り注ぐ、よく手入れされた美しい庭だ。
 だがここに人が寄りつかなくなったのは何も気付きにくい場所にあるというだけではなく、グリノー・ド・ゼーメルが縄張りを主張し生徒はおろか教師も片っ端から追い返しているせいでもある。
 何も知らなかった編入生、ハルドメル・バルドバルウィンが迷い込み追い返された時は、招かれることになるなどと夢にも思わなかっただろう。
 ――ちなみに、学園の庭師はゼーメル家直属の人物であり、わざわざグリノーのいない時間帯に仕事をしてくれているからこそ、この庭園は美しさを保てているのである。
「わぁ……! 良い香り……!」
「腕によりをかけて作ったのよぉ。お口に合うといいのだけれど……」
「えへへ、アップルタルト大好きだから嬉しいです。いただきますっ」
 ハルドメルがタルトを口に運んだ瞬間、りんごの香りがふわりと広がる。まるで秋の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだようだ。軽やかなタルト生地とアーモンドクリームが口の中で解け、りんごの甘酸っぱさと合わさり表情が綻ぶ。上品な味わいに思わず声まで零れた。
「んん~……! 美味しい……!」
「うふふ、そこまで美味しそうに食べてもらえるなんて、作り手として嬉しいわぁ」
「ハルア先輩お料理もすっごく上手ですよね、今度是非教えてください!」
 きゃっきゃうふふと喜び合う二人にやや疎外感を感じながらも、ハルアが嬉しそうなのでまぁいいか、と珍しく不満を引っ込めてグリノーもまたアップルタルトを口にする。
「……うめぇ」

 決闘裁判の騒ぎもすっかり落ち着いて、学園内では中間試験と、身体能力や魔法の技術だけでなく、時には知恵や手先の器用さを生かす学園内競技大会『友誼祭』の話題で持ちきりだ。三人の会話も自然とその話になる。まだ編入したばかりで学園行事を知らないハルドメルは、興味津々といった様子でハルア達の話を聞いている。
「それでね、グリノーったら力が強すぎて競技用の道具を壊しちゃって!」
「おいハルアっ」
「グリノー先輩の攻撃本当に力強かったから納得です!」
「おめぇもすんなり納得すんな!」
 ハルアに失敗談を話されても、妙に純粋な編入生ハルドメルはグリノーの力や技ならばと頷く。グリノーは失敗を話の種にされるのはあまり嬉しくはないが、ハルドメルの素直な褒めは内心悪い気はしない、というなんとも絶妙なバランスで会話は続いた。
 学科ごとの競技は身体能力や魔力を要求されるが、学科混合競技では運や機転も必要とされる種目となっている。友誼祭という名の通り、各学科同士の協力や応援があればこそ良い成績を収められるのだ。
「フランセルも実行委員の一人なんですよ! 借り物レースとチョコボレースが主担当って言ってました」
「あら~いいわね。借り物は毎年お題も面白いし、走るのが速い人が勝てるわけじゃないから、誰が一位になるか予想できなくて盛り上がるの」
「ケッ、何がおもしれぇんだ。麦わら帽子なんてこの辺にそう置いてねえモン出しやがって!」
「あら、手芸部に声をかければきっとあったわよぉ。ちゃんと手に入るものが書かれてるんだから」
「なるほど……難しい時は他の人と協力しないと、ですね!」
 その時、ふと気配を感じてハルドメルが視線を校舎側に向けた。続いてグリノーもそちらに目をやると、がさりと音がして銀髪の生徒が顔を出す。
「おおっハルの声がするから覗いてみれば……! 『お茶会』はここでやっていたのだな!」
「シュファン!」
「あら、いらっしゃいグレイストーン君」
 友が気付いて顔を出してくれたことにハルドメルはぱっと表情を明るくする。オルシュファンも微笑むと少しだけ足を進めるが、東屋には近付きすぎない距離感で他の二人にも軽く礼をする。
「ハルア嬢、ご機嫌麗しゅう! 我が友に良くしてくださり、心より感謝しますぞ! グリノー卿も、庭に入り込んですまない。だが先の試合、実にイイ戦いぶりだった……! 是非一声かけたくてな!」
 ぐっと拳を握りしめて目を輝かせるオルシュファンにグリノーは苦い顔をする。この明るさは少々苦手なのだ。だがオルシュファンも遠慮がなさそうに見えながら、こうして入り込みすぎない気遣いを持ち合わせていることもグリノーは知っている。クラスが同じになったことがない故に付き合いは浅いが、一部の低俗な貴族のように毛嫌いしているわけではなかった。
「負け試合称賛されても嬉しかねぇよ。あとここは俺の庭だ、勝手に入ってくるんじゃ……」
「いいじゃないグリノー。ハルドメルさんのお友達なんだから、邪険にしてはダメよ?」
「おい! 俺は友達になったつもりは……」
「おぉッ! 庭園だけかと思いきや奥には木人もあるのですな! 授業以外であまり見かけないから、一体どうやってあの強さを誇っているのかと思っていたが……こうして人知れず訓練していたとはっ! グリノー卿は影の努力家なのだな、実にイイっ!」
「うんうん、あの辺りすごく使い込まれてて、先輩の強さにも納得だよね!」
「だーっ!」
 勝手に盛り上がる客人二人の真っ直ぐな称賛に、慣れないグリノーはもどかしそうに頭をかき、ハルアは婚約者の珍しい様子にくすくすと肩を揺らす。とにかく! とオルシュファンに人差し指を突きつけると、グリノーは不機嫌を隠さずに告げた。
「俺ぁ別にお前らと馴れ合うつもりはねぇからなっ! 大体オメー特別棟に用事があるんじゃねぇのかよ!」
「おぉそうだった! 友誼祭の準備で機材の運搬を頼まれていてな! もうすぐ集合の時間なのだ」
「そうなんだ。手は足りてる?」
「もちろんだ。お前の気遣いももちろん嬉しいが、今は安心してお茶会を楽しむとイイ!」
 すぐに手を貸そうとする友の優しさに微笑みながら、オルシュファンは別れの挨拶をする。
「それでは失礼する。ハルア嬢、ハルをよろしく頼みます! グリノー卿、次は私とも是非手合わせしてくれっ! ハル、また夕食の時にな!」
「さっさと行け!」
 踵を返し、風のように去って行く後ろ姿にハルドメルは小さく手を振った。急に静けさを取り戻した庭園で、グリノーのため息とハルアの笑う声が響く。

「……」
 ――ふと、ハルアは気付いた。オルシュファンが去った方へ視線を向けたまま、物思いに耽るようなハルドメルの様子に。
「ハルドメルさん?」
「……えっ? 何ですか?」
「少しぼーっとしているように見えて……ごめんなさい、緊張で疲れちゃったかしら?」
「そんなことないです! お話しできてすごく嬉しいですよ」
 元気にそう答えるハルドメルに微笑みを返しながら、ハルアはその変化をじい、と見ていた。

* * *

 夜、一人、また一人と談話室から寮の自室へ戻っていく。
「ハル、おやすみ~」
「うん、おやすみなさい」
 男子寮と女子寮の中間に位置する共用の談話室は、既に数人の生徒しか残っていない。クラスメイトと別れた後、ハルドメルは何をするともなくぼんやりと、談話室に置かれた本を開き眺めていた。
「もう遅いぞ、そろそろ部屋にもどれよ~……っと、よう編入生。バルドバルウィン、だったか」
「あ、寮長さん、こんばんは」
 ハルドメルに声をかけて来たのは、蒼天騎士の一人でもあるジャンルヌ・ド・クールシヤンだ。剛剣と呼ばれるその実力は、同じ剣術コースのオルシュファンもよく話すところだ。
 相棒と称するアデルフェルとの連携が巧みで、相手をよく観察し合わせることが上手い彼が寮長に推薦された時は――本人は乗り気ではなかったものの――周囲も納得の人選だったという。
「ジャンルヌでいいぞ。どうした、部屋に戻らないのか? 零時までは開いてるが、時間がくると魔法式で消灯されるぜ」
「はいっ、それまでには戻るようにします」
 ハルドメルの様子に何か思うところがあるのか、ジャンルヌは僅かに沈黙してその目を見た後、ふっと笑う。
「まぁ明日は休みだしな。でも夜更かしはほどほどにだ、乙女の肌の天敵だぞ」
「ふふ、わかりました」

 談話室を離れたジャンルヌは男子寮を見回りながら、さらさらとメモ紙にペンを走らせる。窓を開けて手を出し、魔力で指先を数度光らせた。するとどこからともなく鷹が飛んでくる。その鷹は指先に摘まんだメモ紙を器用に取り、再び空へ舞い上がった。
「編入生も大変だな」
 明日は食堂を借りて菓子でも作ろうか――そんなことを独りごちながら、ジャンルヌは再び見回りに戻っていく。

(……静かだな)
 ハルドメルは誰もいなくなった談話室のソファに座ったまま、やがて上体をぽふんと倒した。行儀が悪いとは思いつつ、柔らかなクッションに顔を埋めるように押しつける。
(……なんでかな)
 ここ数日、胸の奥に感じるもやのようなものに悩まされていた。
 学園生活は大変なこともあるが、ハルドメルにとっては驚きや未知に溢れた、とても楽しくて充実したものだった。
 ――それなのに、ふとした瞬間に感じるそれが、ただ楽しいという気持ちに、ほんの少しの影を落とすのだ。
「!」
 小さな物音がして、ハルドメルは慌てて身体を起こした。寮長のジャンルヌが戻ってきたのか、はたまた別の生徒かと音のした方へ視線を向けると、そこにいたのはハルアだった。思わずほっとして笑顔を見せると、ソファから立ち上がりハルアを迎える。
「ハルア先輩! どうしたんですか? こんな時間に」
「あらぁハルドメルさん、こんばんは。眠れないから、温かい飲み物でもいただこうと思ってきたのよぉ。せっかくだからハルドメルさんもどうかしら?」
「あ……よければ是非!」
 嬉しそうなハルドメルに微笑み返し、ハルアは彼女を連れて食堂へ向かう。
 寮の食堂は、職員が料理を作るキッチン以外にも、生徒が使ってもいい簡易キッチンが用意されている。
「休みの日なんかは料理好きの生徒が使うことも多いのよぉ。こうやって、ミルクやお湯を沸かして飲み物を作ったりね」
「そうなんですね、私も今度使わせてもらおうかな……」
 ハルアはココアパウダーとバーチシロップ、それからヤクの乳を少し鍋に加え、弱火にかけながら丁寧に練り上げていく。滑らかなペースト状になっていくそれを見ながら、漂ってくる甘い香りにハルドメルは表情を和らげた。
「寒い土地に行くときは父さんがよく作ってくれたな。練れば練るほど美味しいんだって」
「ふふ、そうよ。ダマになるとこげたり、粉っぽさが残ってしまうから」
 少しずつヤクの乳を追加して混ぜていき、沸騰する前で火を止める。二つのカップになみなみと注がれたホットココアは、ハルドメルに両親のことを思い起こさせた。そうして、すとんとピースがはまったような気がした。
「……私、だめですね」
「あら、なぁに? 急にそんなこと」
 甘く優しい味わいのココアを一口、一口と飲み込んで、ハルドメルは温かく微笑むハルアにその心情を吐露する。
「……学校はすごく楽しいのに……自分で来たいって思ったのに……私、寂しくなっちゃうみたいです」
 友達と話し、そして別れる時。賑やかな場所が、だんだんと静かになっていく時。誰かが家族の話をしている時。
 ふとした瞬間に感じていたのは、郷愁だ。――定住地があったわけではないから、郷、というのは少し違うのかもしれないが。
 いつだって両親が傍にいた。だが今は、話したいと思ってもすぐには話せないし、会えない。今までとは全く違う環境の中で堆積した寂しさが、ハルドメルを苛んでいたのだ。
「……だめなんかじゃないわ。誰にだってあることだもの」
「……そう、なんですか?」
 不安げに揺れるハルドメルの瞳を真っ直ぐに見返して、安心させるようにハルアは笑む。こうやって、離れた両親を恋しく思うハルドメルと、その家族仲の良さを眩しいと思いながら。
「そうよ。学園にいる子の殆どは皇都の中に家族がいるけれど……それでも入学してしばらくは、慣れない環境で寂しさを感じる子も多いわぁ」
「……」
「会おうと思えば会える人でも、そうなってしまうのよ。簡単には会えないあなたが寂しさを感じても、だめなことなんて何もない」
「……そっかぁ」
 恥ずかしそうにはにかんで、再びカップに口を付ける。温かさが喉を通り、内側からぽかぽかと温めてくれる。
「寂しい時は教えてちょうだいね。私は温かい飲み物を一緒に飲んで、おしゃべりするくらいしかできないけれど……」
「……はい、すごく嬉しいです! ハルア先輩とお話しするとほっとします」
「ふふ、私以外でも、頼りになるお友達は沢山できたでしょう? グレイストーンくんだってきっと、喜んであなたを励ましてくれるわぁ」
「はい、きっと!」

* * *

「ジャンルヌ、昨日はメッセージをありがとう、助かったわぁ」
「いやいや、気付いた以上は寮長の務めだからな。こっちこそ助かったぜ、ハルア嬢」
「あら、お菓子の材料?」
「折角の休日だ、趣味と実益を兼ねて、一年生に振る舞ってやろうと思って。――彼女はちょくちょく寮の困りごとも解決してくれてるみたいだしな」
「まぁ素敵。私もお手伝いしていいかしらぁ」
「おう、助かるぜ!」

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