星々は煌めいて

 その話を聞いた時、真っ先に思いついたことは、二人とも同じことだった。
「シュファンも……もちろんやるよね?」
「ああ、当然だ! 冷えた身体には温かいものが一番イイからな!」

 星芒マーケット。星芒祭委員会が始めた新しい試みは少し準備が遅れているようだった。
 委員であるアム・ガランジから事情を聞いたハルドメルとオルシュファンは、寒さの中で作業をする人々に温かい飲み物を配る提案をした。以前友達への贈り物に手を貸したテニー達とも再会し、共にカーラインカフェへと向かう。

「なるほど、それなら喜んで協力するよ!」
 ミューヌによってたっぷりと作られたキンダープンシュは、会場準備をする商人達に配っても余裕があるようだった。ハーブの扱いに長けた彼女らしく、自身で育て、あるいは選んだハーブやスパイスを調合した特製のキンダープンシュ。甘いりんごの香りを漂わせるそれにハルドメルは思わず頬を綻ばせた。
「懐かしいな。子供の頃はよく飲んだものだ。今ではすっかりグリューワインになっているが……」
「ふふ、たまにはこっちもいいよね!」
「うむ! 終わったら私達も是非いただこう。だがまずは、皆に身体を温めてもらわねばな!」
 聖人の従者に扮したテニー達、そしてチョコボと共に会場を回る。温かなカップを渡せば、皆一様にほっとした表情を見せた。
「こんにちはベアティヌ先生! 寒い中準備お疲れ様です!」
「ミューヌ殿特製のキンダープンシュをお持ちしましたぞ先生! 皆と飲んで温まってください!」
「おや……あなた方もいらしていましたか……ありがたくいただきましょう。……フフ、連理の枝のようで……イイですね……フフフ」
 木工の技術も少しずつ学び始めたオルシュファンは、木工ギルドのマスター、ベアティヌとも交流を持つようになっていた。連理の枝の意味するところを察し、頬を赤らめたハルドメルと嬉しそうなオルシュファンに微笑むと、ベアティヌは作業していた者達にも声をかけた。
「ああ、すみませんが一つ追加でいただけますか? これからもう一人来るはずですので……」
「もちろんです! ミューヌ殿のイイキンダープンシュを皆で味わってください!」
 新たに注いだカップを手渡し、二人は木工ギルドの店を離れた。
 その途中、ぴょこぴょこと耳を揺らしながら走る黒髪のヴィエラの少女とすれ違う。見覚えのある姿に何気なくハルドメルが振り返ると、木工ギルドの前でベアティヌからカップを渡されているところだった。スペクタクルズの隙間から見える目元がひどく優しげで、自然と口元が緩んでしまう。
「ハル、どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」
 ふふ、と笑うとオルシュファンは不思議そうに目を丸くした。

 その後も順調にキンダープンシュを配っていく。園芸ギルドでは新人だろうか、シェーダー族の男の子が花束を持ってマスターのフフチャと話している。お店に置くものか、課題として指定されたものか。やや興奮気味な様子の彼にフフチャは少し呆れているようだった。
 商人や製作ギルドだけかと思いきや、力仕事で駆り出されたのか弓術や槍術ギルドのメンバーも見受けられる。配るほどに活気付いていく雰囲気に、顔を見合わせて微笑んだ。


「皆元気になってくれてよかった!」
「今年はマーケットのおかげで一段と賑やかだな! 活気あふれる人々の笑顔! イイ!」
 無事に開催された星芒マーケットは例年の星芒祭を上回る盛況ぶりだった。
 色とりどりの光の中、店に並べてある商品を見て回るだけでも、楽しげな人々の様子を眺めているだけでも、自然と心が弾んでくる。
 賑わいの中には冒険者部隊で共に戦ったこともあるミコッテの少女の姿もある。露店に並ぶ肉料理に目を輝かせる横では、ハルドメルも何度か世話になっている元海雄旅団の槍術士ランドゥネルが一緒になって料理を覗き込んでいた。
「やあハルドメル、オルシュファン! 手を貸してくれて助かったよ。君達も是非うちの自慢のキンダープンシュで温まっていって!」
「あ、ありがとうございますミューヌさん!」
 熱々のキンダープンシュは可愛らしい星芒祭仕様のカップに入れられている。二人で軽く乾杯をして一口。りんごの甘酸っぱさの中にシナモンやクローブの爽やかでスパイシーな香りが広がる。渡した人達が口々に言っていたように、お腹の中からぽかぽかと温まっていくようだ。
「素晴らしい味わいですミューヌ殿! イシュガルドでもよく飲まれるものですが、まるで森林浴をしているかのような爽やかさ! 実にイイ!」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。今年は冒険者の間でも流行っているローストチキンも力を入れていておすすめだ」
「あっちにありましたね、後で食べてみようシュファン!」


 会場の少し奥まった場所には、大きなツリーといくつかのベンチが休憩用に設けられている。思ったよりも人はまばらで、二人は途中で買った可愛らしいチョコボ型のクッキーを食べながらその一つに腰を下ろした。
「あはは、ちょっと食べ過ぎちゃったかも」
 お腹を軽く擦りながらオルシュファンを見る。それは彼も同じだったようで、しばらくここでゆっくりすることにした。身を包む空気は冷たくとも、内側からの熱で寒さは気にならない。
「寒い時期だと母さんが時々作ってくれたな、キンダープンシュ。ふふ、大体その土地で買える材料で作るから毎回味が違うんだけど」
「イシュガルドでも家庭によって味が違うくらいだからな! アインハルト家でいただいた時はローズヒップティーもベースに使っていると言っていたぞ!」
「ほんと? 今度教えてもらおうかなぁ」
 行き交う人々を眺めながら、いつも通り。今年も変わらず星芒祭を、そしてしばらく後に始まる降神祭を迎えられること嬉しく思う。
 オルシュファンが以前願ったことは、願った通りに叶えられていた。
「ね、シュファン。ちょっと立って」
 ハルドメルに言われるまま立ち上がると、彼女の両腕がオルシュファンの身体を抱きしめる。
「ハル?」
「……ちょっとだけ妬いてる?」
「……バレてしまったか」
 笑ってオルシュファンも抱きしめ返す。先程ハルドメルは会場にいる、聖人の使いに扮したチョコボ達に可愛い可愛いとハグをして回っていたのだ。そこから感じるようになったほんの少しの変化は、むしろハルドメルを笑顔にさせた。
「私の『一番』はシュファンだよ」
「む、わかってはいるのだが、ついな……!」
「ふふ」
 抱きしめる腕に少し力を込めれば、オルシュファンもまた笑って抱き返した。時折見せる小さなやきもちが、どうしようもなく愛しい。
「あとでもう一回木工ギルドのお店に行こう。新作のアクセサリー、木の香りで集中力を高めてくれるから製作する時にいいんだって」
「では今年は、それを贈り合おう! 手作りももちろんイイが、二人で選んで買うのもまたイイ!」
 少年のように喜ぶ恋人に微笑んで、ハルドメルはその頬に唇を寄せた。

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