闇の狂宴【R18】

「ご紹介でいらした方ですね! 良いお召し物ですな、ささ、こちらへ……!」
「……今日は特別な品が出品されるとか」
「さすがお目が高い! えぇ、えぇ、今日の競りは既に半分以上終わっていますが、『特別な品』は最後になりますので……きっとお気に召していただけると思いますよ!」
 誰も彼もが仮面を付け、闇に紛れて取引をする競売会場。素性を偽り、貴重な品物を競り落とす快楽。その品物を欲望のまま扱う悦楽。酔狂な『遊び』に取り憑かれた者達が集まるその会場もまた、司法の手が届かぬようにと各地を転々としていると言う。今日の会場は、昼間は太陽が地を焼き、夜は凍える程寒い砂の国。
 銀の仮面を付けた男は、やや興奮気味のオーナーに会場の隅の席に案内された。会場はゆらゆらと揺らめく蝋燭と、クリスタルを動力源にしているのだろう照明機で薄暗く照らされている。
 ステージの上では涙を流す美しい少女が、その肢体を透けるような煌びやかな布地で包まれ衆目に晒されている。まさしく店で売られる『商品』のように、客の購買意欲を煽るように飾り立てられている。
 他の客からすればステージから離れたここは『はずれ』席なのだろうが、全体を見渡すことができるのは男にとって都合が良かった。
 一頻り会場内を見渡しながら、事前に入手していた情報と照らし合わせる。
「五百万! 五百万です! それ以上の方は! こんなに美しいヴィエラの処女は中々お目にかかれませんよ!」
 ひそひそと話し合う声。くすくすと笑い合う声。どれもこれも下卑た視線。美しい商品を競り落とし、どのように辱めてやろうか――そんなことばかり考えている者達に吐き気がする。
 それらに侮蔑の眼差しすらも与えることなく、男は静かに立ち上がった。ステージに夢中な客達は、一人の男の動きなど気にもとめない。

「……おや? お客様、申し訳ありませんがこちらは、」
 警備の男の言葉が不自然に途切れた。側にいたもう一人の警備員が仲間に異変を感じた直後、喉元を撫でる冷たい感触は一瞬のこと。叫び声を上げることもできないまま、二つの身体が頽れた。

――――――

 啜り泣く声が響く部屋。押し込められた『商品』達が、自由の効かない中で身を寄せ合っている。
 どさり。重たいものが落ちたような音が聞こえて、皆身体を震わせた。軋んだ音を立てて、ゆっくりと扉が開く。
 そこにいたのは今まで見てきた競りの構成員とは違う、上品な服に身を包んだ銀の仮面の男。部屋の外から、微かに鉄錆のにおいが漂ってきた。
 小さく声を上げた少女達にシ、と人差し指を立てる。その拘束を解きながら、押し殺した声で囁いた。
「……部屋を出て左に真っ直ぐ、突き当たりで右に曲がれば裏口から出られる。しばらく走れば集落の灯りが見えるはずだ。街道は魔物も少ない……不滅隊の詰所もある、保護してもらうとイイ」
 男の、思ったよりも優しい声色に少女達も戸惑う。彼は拘束を解き終わると、ぐるりと部屋をもう一度見渡して唇を戦慄かせた。
「……黒肌の、ルガディンの女性を見なかったか?」
 未だに恐怖と、助けられたとはいえ疑念が捨てきれない中で、一人が恐る恐る声を上げた。
「あの……『準備』があるから、と……つれていかれました……あっちの扉、です……」
「……ありがとう」
 ステージ裏へと続くのだろうその方向からは、会場のざわめきが遠く聞こえた。

――――――

「さぁ! ……さぁさぁ皆様、最後の競りが始まります! こちら本日の目玉商品となっておりますので、是非とも奮ってご参加くださいませ!」
 司会がぱちんと指を鳴らしてステージ中央から身を退くと、演劇のように幕が上がる。そこにいたのは、随分と大柄な人影。
 ルガディンの女性だった。客からよく見えるよう、少し高い台の上に座らされ、両腕は頭上で背後の支柱に括り付けられている。項垂れ拘束された姿は、さながら宗教画のようでもあった。
「おやおや……ルガディンとは珍しい……そんな反応ですね皆様方? いやしかし! 既にお気づきになられている方もいらっしゃるのではないでしょうか?」
 闇で行われるこの競りでは、美しいヴィエラ族や愛らしいミコッテ族が特に人気だ。ルガディン族ももちろんいないわけではないが、人気種族と比べるとやはり数は少ない。それが目玉商品というのだ。だが会場の僅かなざわめきは司会の男にとって予想の範疇である。
「こちらのルガディン族は冒険者! しかもとんでもなく腕が立つ! そんな強さを屈服させる愉悦は如何ほどでしょうか?」
 身体を覆うようにかけられていた布がばさりと取り払われる。おぉっ! と沸く声がした。黒い肌に良く映える、金糸で紡がれる豪奢な下着。司会の男の言葉が嘘ではないと裏付ける、歴戦の戦士を思わせる傷が多くある、鍛えられた肉体。手のひらから零れそうな程に豊かな胸。
「……まぁ、確かに良い身体だが俺の趣味じゃ……」
「……貴殿もしや気付いておられないのか? あの冒険者……、…………」
「……な、何……!?」
 声高らかに司会が商品説明をする傍ら、参加者同士の耳打ちでも、徐々に動揺が広がっていく。そのざわめきはやがて興奮のるつぼへと変容するのだ。
「あぁ! 私としたことが……折角の目玉商品だというのに、これではよく見えませんね……」
 そのざわめきを感じ、口の端を吊り上げながら、司会の男は芝居がかった動きで俯いたままの女に近付く。その顎をに手をかけ、ぐいと上を向かせた。
「さあ……お客様によく顔をお見せしないと……!」

(だ、れ……)
 腕が痛む。顔に触れた誰かの体温が酷く不快だ。眩しさでまともに目を開けられず、彼女は薄く開いた目を何度も瞬かせた。
(ここ、は……)
 思考を巡らせたいのに、頭は霞がかったように不明瞭だった。そして何より、全身を蝕むような熱に苛まれる。胎の奥がきゅうきゅうと、何かを求めるように疼いている。
 ざわめきも興奮したような声もどこか遠く、何を言っているのかを捉えることができない。

「いえいえ、私も多くは語りますまい……皆まで言わずとも分かる人には分かるはずです、この商品の価値が! ……残念ながら『初物』ではございませんが……」
「ッぁ……!」
 くすくすと揶揄するような笑い声。す、と顎から首へ指を滑らせただけで、艶めかしい声が上がる。ごくり、と生唾を飲みこむ音さえ聞こえてきそうだ。
「この通り感度は良好でございます。ルガディンは大柄なので、少々お薬も多めに入れてはいますが、ね」
「あ、あっ」
 そのまま身体の中心をなぞるように、白い手袋に包まれた指先が下へ下へ降りていく。手は臍の下辺りでぴたりと止まるが、観客の視線は更に先、しっとりと濡れた下着へと注がれる。ふるりと戦慄いた身体に、悩ましげに寄せられた眉に、――そして、『英雄』を好きにできるという価値に、観客が目の色を変える。
「――それでは入札を開始します!」
 言うが早いか、男女問わず多くの客が入札のサインを出す。グラスを軽く持ち上げる者。扇子で口元を隠す者。それらには一つ一つ意味があり、司会の男、そして近くにいる補助員も目を皿のようにして会場を確認していく。
「百万! 二百万……五百万! ……いや一千万! 早い、早い、このオークション始まって以来の壮絶な値上がりの仕方です!!」
 興奮気味の司会に向け、ある者は舌打ちしながら指輪を弄る。
「五百万上乗せ! 一千五百万!」
 ある者は笑いながら、閉じた扇子をくいっと上に振った。
「一千万の上乗せ! 二千五百万!」
 その価値はあっという間に五千万まで上り詰める。大邸宅が建てられる程の金額はこのオークションであってもそう出ることはない。その高額さに流石に降りる者も当然いたが、食らいつく者もまた多かった。それ程までに、この一人の冒険者を欲していた。
「で、出ました、一億!! さあ、それ以上は!? これで決まりか……!?」
 司会も、参加者達も周囲を見渡す。サインを出す者は――現れない。
 一億を提示した男は、隠しきれない笑みを浮かべる。嗚呼、アレが自分のものになるのだ、と。
 目玉商品の競りの盛り上がりを直接見に来たオークションのオーナーも、満足げな視線を司会に向け、頷いて見せた。
 司会の男が木槌を叩き、乾いた音が場内に響く。それは競りの終了の合図だ。
「それでは、本日最後の商品は――!」

 その言葉は途中で途切れた。会場を照らし出していた灯りは、室内にも関わらず吹いた突風で消え去り、パンッと弾ける音と共にステージ前の照明機が砕けた。会場は真っ暗闇に包まれ、動揺が走る。
「お、お客様落ち着いてください! すぐに灯りを……! おい、警備は何をしている!」
 怒声とどよめきで満たされる会場の空気を裂くように、絶叫が上がった。
「ぎゃあああああ!!」
 急に雲が晴れたように、月明かりが差し込んだ。薄らと青白く照らされた会場内、ステージ上の司会の男が、肩口を押さえて蹲っていた。そのすぐ側に転がる切り落とされた腕に、悲鳴の連鎖が巻き起こる。
 我先にと出口に走る者達の中、その流れに逆らうように蹲る司会に向かって立つのは、銀の仮面を付けた男。
 男は何事かを呟くと、肩口を押さえた男の心臓を剣で貫いた。
「な、んだこいつは……! 早く取り押さえろ! クソッ! ふざけやがって!! 警備をすぐかき集めろ!! 商品共は早く別口から――」
「ぐ、あ」
「ヒィっ!!」
 仮面の男は焦る素振りもなく、ある種の優雅さすら纏って剣を振る。競りの監視をしていた者、司会の裏で商品の準備をしていた者達も武器を手に立ち向かうが、その全てを容赦なく斬り伏せていく。
 外で警備をしているはずの者達は誰も来なかった。オーナーは知らない。彼らはとうの昔に物言わぬ死体となっていることを。
 ――気付けば悲鳴は消え、オーナーは一人になっていた。
「貴様ッ……貴様、よくも……」
 逃げなくては。ここから逃げなくては。大丈夫、金は安全な場所にある。あれさえあればまたやり直せる。そう自分に言い聞かせているが、身体はまるで石化の魔眼でも見てしまったかのようにぴくりとも動けなくなっていた。それは、恐怖か。
 仮面の男は喋らない。一歩、また一歩と近付いて、オーナーを追い詰める。その身は不思議と返り血一つ浴びておらず、まるで現実感を伴わない。悪夢だ。半狂乱になった彼は壁に飾られていたサーベルを手に取り滅茶苦茶に振り回すが、仮面の男にとっては児戯に等しかった。
「ぐ、ぅ、あ」
 冷たい刃が、腹部を貫く。引き抜かれればそこから血が溢れ、無意味と分かっていても反射的に手が傷口を押さえる。その身体を蹴りつけて地面に転がすと、仮面の男は剣を振りかぶった。
「や、め」

 突き刺す。何度も。その身体が、全く動かなくなるまで。

 気付けば辺りは静まりかえり、生きているのは仮面の男と、彼女だけだった。
「……二度と」
 氷のように冷え切った蒼の瞳はしかし、怒りの炎もまた揺らめかせている。
「……例え生まれ変わったとしても、二度とその穢らわしい手で彼女に触れるな」
 下衆が、と吐き捨てて男はそれに背を向ける。
 早く彼女を安全な場所へ。急いで駆け寄る彼の瞳は、愛しい者を案じるそれへ戻っていた。

――――――

(こわい)
 耳をつんざくような悲鳴に、ハルドメルは昔のことを思い出していた。
 まだ幼かった頃。両親に言いつけられ、荷台の中で小さくなって、音が止むまで耳を塞いでいたことを。
 思考がまとまらない。熱くて、熱くて、疼いてしょうがない。苦しいのに、楽になりたいのに。いつもなら、温かくて愛しいあの手が、自分を導いてくれるのに。

「――――ル……ハル……!」
 腕の痛みが和らいで、重力に従ってだらりと落ちる。長く縛られじんじんと痛む感覚すらも、快楽に変換されてしまう。
 ハルドメルはのろのろと顔を上げ、声のする方を見た。
 ――ああ、銀色だ。
 顔が見えなくてもすぐにわかった。来てくれたのだ。この熱を満たしてくれる、愛しい人が。

「……あ……シュ、ファン……っ」
「ハル……遅くなって、すまない……!!」
 オルシュファンがくったりとしたままのハルドメルの身体を抱き寄せる。漸く、漸くこの腕の中に戻ったのだと、その体温に安堵する。早く連れ帰って、怪我や異常がないか医師に診てもらわなければ――そう思っていた矢先、オルシュファンは気付いた。
「……ハル……?」
「ッ……、っ……」
 寝台のように柔らかなクッションが敷かれた台に乗せられたハルドメルは、まるで飾られた宝石のよう。その上で、横座りのままオルシュファンに抱きついた彼女は、しきりに身体を揺らしている。胸を押しつけるようにしながら、殺しきれない声が喉の奥から漏れ出ている。つま先は何かを耐えるように丸まり、何度も膝や太ももを擦り合わせている。
「――――ッ」
 ぞくり、と。背筋を這う感覚は。
「……っあ……しゅふぁ、……ごめ、ん………ごめ、なさっ……」
 ぎゅう、と抱きついた身体が小さく震える。その震えが軽く達してしまったせいなのだと、オルシュファンには分かってしまった。
「ん、ん、ッ……ぁ、あ……!」
 浅い絶頂の後も、ハルドメルの動きは止まらない。そしてオルシュファンもまた――自身が恋人の痴態に興奮を覚えてしまっていることを、自覚する。
 『準備』とやらで薬を投与されたことはわかっていた。問題は、オルシュファンの想像以上に薬の力が強力であるということだ。
「んん――ッ……!!」
 呼吸を乱し、涙を滲ませて、おかしくなってしまうそうだ、と。薬物の力で無理矢理引きずり出される熱に怯える恋人。
「シュファン……っ……しゅふぁ、ん……!!」
「……ハル」
 辛いか、そう問えば、肩口でこくこくと小さく頷く。
 ――異常だ、と思う理性はあった。いくつもの死体が折り重なるこの場所で。いつ誰が来るとも分からないのに。
 それでも今この時、汗を散らし、恐怖する程の快楽に抗い、助けを求める彼女を放っておくことなど――。
(……言い訳、だ)
 分かっている。だが、それでも――。
「んん、ふ……!」
 その身体を台の上に寝かせ、深く口付ける。あやすように、大丈夫だと教えるように。
 漸く与えられた感触に、ハルドメルは安堵とも恍惚とも取れる吐息を零した。

 下着を取り去り、蜜が溢れる場所へ手を添えた。それだけで歓喜に戦慄くのがわかる。狭く熱い中に指を挿入し、傷付けないように刺激する。
「あっ……! あ、んっ……んん……――ッ!」
 指だけで、何度も浅く達している。できることならこの熱がすぐ治まってくれればと願っていたが――。
「しゅ、ふぁ……ぁ、ぁ……わたし……ッ……わた、し……」
 きゅんきゅんと締め付けるそこは望んでいる。胎の奥まで届く質量を。嵐のような熱と快楽を。
「……っ……め、んなさ……!」
 その謝罪は、満足できない、はしたない自分の身体を嘆いているからなのだろうか。オルシュファンは緩く首を横に振った。何も、何一つ謝ることなどない。謝るならば寧ろ、自分の方だと。
「ハル……薬だ。全部、全部薬のせいだ。だから、大丈夫だ」
 大丈夫だ、と繰り返し、安心させるように微笑み囁く。そうして――こんな状況でも恋人のあられもない姿に興奮している事実を苦く思いながら、窮屈そうに押し上げられた服を寛げた。

「ふ、ぁ……っ……あぁッ……!」

 待ち望んだ熱塊にその背がしなる。指を絡めた手がぎゅうっと力を強くした。雄を煽るようにうねる内壁に、オルシュファンはとん、とん、と刺激を与える。その度に甘く蕩けた声が上がり、欲望の炎を燃え上がらせる。

「はぁ……あッ、ん……っんん……ん……!」

 濡れそぼった陰部が交わる音。辺りに漂う鉄錆のにおいと、愛しい人の甘い香りと。

 ――先ほどまでの、司会に嬲られ、好奇の眼に晒されていた姿にオルシュファンは胸を焼き焦がされる。誰よりも優しい彼女を辱めた者達への憎悪、こんなことになるまで助けられなかった自身への怒り。

 けれど同時に、こんな状況であっても、彼女が求めてくれるのは自分だけなのだという昏い優越感が、たまらなくオルシュファンを満たす。

「ぁっ……しゅ、ふぁ……ぁ……わたし、もう……っ!」

 望まれるまま、欲望のまま、滅茶苦茶にしてしまいたい。穢らわしい手の感触を上書きするように抱き潰してしまいたい。

 だが今はただ、その身を苛む焔を鎮めようと、己が欲望をねじ伏せる。優しい彼女が思い悩むことのないように。ただただ薬で狂わされた身体を、落ち着かせているだけなのだと。

「ハル……っ」

 ずん、と一際強く最奥を穿った。望み、求めていた刺激が与えられ、ハルドメルが悲鳴のような嬌声をあげる。がくがくと痙攣する身体に堪らずオルシュファンも欲を吐き出した。

「ッ――――!!」

 息を詰め、全身でオルシュファンにしがみつきながら襲い来る快楽を享受した身体は、やがてくたりと脱力する。身体を苛む欲の炎が鎮まり、気を失ったハルドメルにオルシュファンも安堵しながら身体を離した。

 ぽたり、ぽたりと溢れる蜜すらこの場に残したくないと思いながらも、手早く身だしなみを整える。打ち捨てられていた布でその身体を隠すように包み抱き上げ、オルシュファンは闇の中へと姿を消していった。

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