FF14 はるしゅふぁん(オル光) 短編

Link,Bring,Ringing【R18】

 がやがやと昼間から賑わっているセブンスヘブンの中を進む。その一角では旅先の話を詩歌にし、弦を爪弾いている友人がいた。小さく手を振ると、彼女は長い耳をぴこりと揺らしてウインクしてくれる。自然と緩む頬はそのままに、カウンター横の扉へ手をかける。
「シャリア! やっと見つけたぞ!」
「げっ、アルフィノ……!」
 背後からよく知った声が聞こえて振り返れば、入り口から足早に入ってくるアルフィノがいた。何事か言い合っている二人と野次を飛ばす外野に苦笑しながら、ハルドメルは扉を開けた。微かに奥の方から、カンカンと金属を叩く音がしてまた頬が緩む。
 石の家――否、現在は新進気鋭の職人タタルの工房だ、表向きは。その大広間では縫い物をしているタタルともう一人、黒髪のララフェルが薬品の調合をしているようだった。
「ハルさん! おかえりなさいでっす!」
「あ……おかえりなさいっ」
「ただいま! 二人とも精が出るね!」
 作業の手を止める二人に片手を挙げて挨拶する。が、視線は無意識に大広間のさらに奥、工房用に『少々』増改築したらしい部屋の一つをちらりと見た。
「ふふふ、お探しの人は奥でっすよ」
「え、あ、うん……あはは」
 当然のように見透かされている。微笑ましげな視線が恥ずかしくて誤魔化すように笑った。
「そろそろお昼だし、一休みする……?」
「そうでっすね! ハルさんもご一緒にどうでっす?」
「いいの? ……お邪魔じゃない?」
 ほんの少し、先程の微笑ましげな視線のお返しにといたずらっぽく笑って見せると、二人のララフェルはほんのりと頬を染める。
「も、もちろんでっす! 早速準備してくるでっす!」
「あっ、手伝うよ」
 二人が足早にキッチンへ向かう。その背を見送って、ハルドメルは今度こそ目的の部屋へ向かう。
「あ、ククルタさん。作ってもらってる染料、この前よりもうちょっとだけ赤みを強くしてもらえまっすか?」
「うん、やってみる」
 ――それに気付くようになったのは、ハルドメル自身が、『特別な人』を想う気持ちを自覚するようになってからだった。
 それまではただ、仲がいいなあと微笑ましく思う程度だった。自覚するようになって、その光景は全く違って見えた。
 誰か一人を想う気持ち。視線。その奥にある温かな熱。そういうものを、何とは無しに感じ取れるようになって。そんな二人を見ていたら、自分も温かくて嬉しい気持ちになったし、幸せでいてほしいと願う。
 そして、だからこそ自分のことも、他の人から見ればあからさまなのだろうと照れくさくもあるけれど。
 奥の工房へ足を運べば、熱気と賑やかな音が迎えてくれる。伝う汗を拭いもせず、一心不乱にハンマーを振り下ろしている姿を見つけて、ハルドメルは少女のように表情を綻ばせた。
 ただ、声をかけるのは少し我慢する。少しのずれが完成品に影響を与えることをハルドメル自身もよく知っていたし、手元が狂って怪我をすることもあるのだ。その作業が一段落するまで、ハルドメルはその真剣な背中をじっと見つめた。

「……ふぅ」
「お疲れさま、シュファン!」
 作り上げた小ぶりな盾を持ち、様々な角度から確認して一息ついたオルシュファンに、ハルドメルは漸く声をかける。
 驚いて振り返ったオルシュファンは彼女の姿を目にした途端破顔して立ち上がり、しかしハッとして腕を広げたまま固まった。
「ハル! ……あ、いや、ダメだな。ずっと作業していたから汗が……」
「……ふふ、気にしないよ」
「こらハルっ」
 慌てるオルシュファンの制止を聞かず、ハルドメルは親友であり、恋人である人との再会の喜びを全身で表現するようにぎゅうっとハグをした。
「あはは本当だ、汗のにおいする」
「ハル……」
「私もすぐ着替えるつもりだったからいいんだよ。シュファンが頑張ってるにおい、好き」
「……まいったな、フフフ。あぁ……感じるぞ、一段と強くなったお前の力を……!」
 観念したオルシュファンの腕がハルドメルの身体を抱きしめ返す。その温もりを、香りを、強くなった身体を全身で感じながら、オルシュファンもまた再会に胸を弾ませた。
 肩口に埋めた顔を少しだけ離して、触れるだけのキスを交わせば、お互い自然と微笑んだ。
「おかえり、ハル」
「ただいま、シュファン」


「ガレマルドも支援が進んでるみたいでっすね!」
「うん、こっちから送られてる物資のおかげですごく助かってたよ!」
 タタルお手製のサンドイッチに舌鼓を打ちながら、旅先で見聞きした話をする。イシュガルド、アラミゴもそうであったように、獣化の原因であった絶望を退けた今でも、各地で問題は山積みだ。
 治療を終えた後、ハルドメルはガレマルド、ラザハンと終末現象が深刻だった地を訪れた。一人でできることはたかが知れているが、自分が成したことの先を見て、手を貸せることは手助けをしながら。
「今までは戦うことばかりだったが、自分が作ったものが役に立つのも嬉しいものだな!」
 民と友のため。それは今でもオルシュファンにとって変わらぬ信条だ。国は違っても遠い地に遠征した盟友達、その地で問題を抱える民達の助けになれることに、表情は輝いている。
 ――本当は、騎士として生きたい気持ちが捨て切れたわけでないことは、オルシュファン自身も、ハルドメルも理解していた。だが身体に負った傷と後遺症は無視できるほど軽いものではなく、戦闘行為は激しさや時間が増すほどどうしても不調になってしまう。互いに望む手合わせも、以前のようにとはもちろんいかない。そのことを悔しく、もどかしく思う。
 ただ、それでもオルシュファンは、今できることを全力でやる――その道を選んだ。望む形ではなくとも、民と友のため。そして大切な人のために自分ができることを。だからこそその成果を知れることが、ハルドメルにとってはそれを自分が伝えられることが幸福だった。


 ハルドメルはサンドイッチをぺろりと平らげた後、タタルに休暇を言い渡されたオルシュファンと一緒にキャンプ・ドラゴンヘッドを訪れていた。
「フフ、タタル嬢に気を使わせてしまったな」
「ククルタにもお礼しなきゃね。またアップルタルトを焼いて行かないと」
 タタルの工房に住み込みで勤め始めてからというもの、石の家の警護と、職人としての腕を磨くために働き詰めだったらしいオルシュファンは、久方ぶりに訪れた故郷の冷たい空気を懐かしんでいる。ヤエル達からはにまにまと実に温かな視線をもらい、照れくさくもあったけれど。
「イシュガルドに着く頃には夕刻になっちまうだろ? 今日は泊まってけよ!」
 キャンプ・ドラゴンヘッドの新たな指揮官となったエマネランはそう言って、以前ハルドメル達が使っていた客室を空けてくれた。
「急に行ったらご迷惑かもしれないもんね、ありがとうエマネラン!」
「迷惑なんてしねえだろうけど連絡の使いはもう出しといたぞ! オノロワが!」
「助かるぞ、オノロワ」
「エマネラン様、こういう時気は利くのに詰めが甘いのです、はい」
 相変わらずの部分もあれど、ガレマルドへの遠征や終末現象への対処など、経験を積んだエマネランは以前より随分と頼もしくなっている。気遣いに感謝しながら、その日の夜は客室を借りることになった。

「客としてこの部屋に来ることになるとは、不思議な気分だな」
「だね。ふふ、皆元気そうでよかった。明日はフランセルにも会えるといいなぁ」
 メドグイスティルが用意してくれたちょっとしたつまみとワインを楽しみながら、二人でゆっくりとした時間を過ごす。ソファで隣に座ったオルシュファンは、ふと自身の手をハルドメルの手に重ねる。ハルドメルが驚いて目を丸くすると、オルシュファンは澄んだ空色の瞳で見つめた。
「ガレマルドでは……」
 ぴく、と手が震えるのを感じて、オルシュファンは苦く笑う。
「……手酷いことも言われたのだろう?」
「……そんなことないよ」
 どうして分かるのか、と顔に書いてあるようだった。唇は何を言おうかと迷い、やがてハルドメルも苦笑した。
 昼間、旅先の話をしていた時から、オルシュファンは気付いていた。想像に難くない。星を救った英雄であるが、ガレマール軍を悉く敗退させたことも事実。多くのガレマルド人にとってハルドメルは後者、『蛮族の英雄』だ。もちろん、彼女やイルサバード派遣団の支援、救命活動に考えを変えてくれた者も中にはいるだろう。だがそう上手く行くばかりでないことはオルシュファンも知っている。千年続いた戦争を終わらせた――イシュガルドにとって彼女は間違いなく英雄だが、それでも全ての人が称賛したわけではなかったのだから。
「大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから」
 彼女自身にも苦手な人や――憎んだ人がいたように、それを自分に向けられることもあるのだと理解している。――理解しているからと言って平気になるわけでもないのだが、それでもハルドメルは、嫌われるのは慣れているなんて言いながら笑うのだ。
 そうやって、苦しみ悩みながらも前へ進むことのできる彼女の強さを、オルシュファンは愛していた。
「皆が……シュファンがいるから大丈夫」
「……お前は強い、お前自身が思うよりずっと」
 ハルドメル自身よりもハルドメルのことを信じてくれる人がいる。そのことが何より支えになるのだと言う彼女の肩を、オルシュファンはそっと抱き寄せた。
 本当はいつだって、隣に並び立ちたい。同じものを見て、共に切磋琢磨し、立ちはだかるものと戦い、守る、その一助になれたなら。けれど最前線に行くことはもう叶わない。ならばせめて、その心を守りたい。強くあろうとする人が、いつでも気兼ねなく寄りかかれる、安堵できる居場所でありたいと強く想いながら、オルシュファンはアルコールで微かに火照るその頬に口付ける。
「ハル……」
「わ、だ、だめっ」
「むっ !?」
 急な拒否にショックよりも驚きが勝った。オルシュファンが目を丸くするとハルドメルは頬を赤らめて少し身体を離す。
「……あ、甘えちゃうから、あんまり優しくしたらだめ……」
「……フフフ、私としてはまだまだ足りないくらいなのだがな」
 恥ずかしそうに眉尻を下げるハルドメルから身を引くと、触れ合っていた場所から体温がなくなるのが少し寂しい。ハルドメルは安堵したように息を吐いた。
 ――名残惜しくはあるけれど、想いが通じ合うまでも散々紆余曲折があったのだ。
 今更焦る必要もないのだと思いながら、オルシュファンは少しだけ早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように深く息を吸った。


 オルシュファンとて、あの場で事に及ぼうなどと考えていたわけではない。ただ、まあそういう雰囲気になると少し――ほんの少しだけ、いつもより踏み込んだ、甘やかな触れ合いをしたい。そんな欲を持ってしまうのは否めないし、一般的な恋人同士としての正常な欲求である……と思っている。思ってはいるが、ここ最近のこの流れは悩みの種であった。
 ハルドメルは――人前ではしないが――キスには容易に応えてくれたし、自分からしてくれることもあった。だがそれ以上の雰囲気を感じ取ると、急にするりとオルシュファンの腕から逃げてしまう。たとえほんの少しの気配であっても。それが一度や二度ではないからこそ、オルシュファンも悩んでいた。
 最初のきっかけこそ、完全にオルシュファンのことを友としてしか考えたことがなかった彼女は、全く意識してくれていなかった。だが今では逆にやりすぎなくらいに、『そういう雰囲気』を意識している。意識してくれること自体は嬉しいのだが、いつまでこの流れが続くのだろうかと、オルシュファンは悶々とした想いを抱えていた。

 翌日、イシュガルドのフォルタン家に足を運んだ。もちろん、蒼天街の復興が軌道に乗り、日々忙しくしている親友フランセルの元へ行くのも忘れない。
「大丈夫? 仕事の邪魔じゃなかった?」
「ふふ、皆も作業に慣れてきて、僕があちこち走り回らなくても大丈夫になったからね」
「貫禄が出てきたな、フランセル総監!」
 最初は瓦礫の山だった蒼天街は、すっかりその姿を変えている。完全にとはまだ言えないが、道は整えられ、既にいくつかの家屋も建っている。何より、廃墟同然だった場所に、これだけ沢山の人々が行き交い笑顔で働いている。以前の姿を知っているからこそ、その活気を見るだけで嬉しくなるというものだ。
「うん、やっぱりハルのアップルタルトが一番だね」
「あはは、ありがと。今日のはね、第一世界で採れるりんごを使ってるんだけど――」
 ハルドメルが説明しようとしたところで、無粋なリンクパールの音が鳴る。慌てて部屋を出て行く背を見送りながら、オルシュファンはからからと笑った。
「我が友は実に人気者だ! あれだけの強さと心根の優しさを思えば当然だがな!」
「そういえば、リンクパールは持たないのかい? 遠征の時は……同盟軍から貸し出されてたんだったかな」
「うむ……自分のものが欲しいのは山々だが、今は各地で終末現象からの復旧をしているだろう。需要が高まっているのと、同盟軍関係者や依頼を引き受けられる冒険者優先になっているらしいのでな、私が手にできるのは当分先になりそうだ」
「そっか……」
 微笑むフランセルの、何か言いたげな視線に心の内を見透かされている気がして、誤魔化すように紅茶を一口。
「タタルさんから物資を届けてもらった中に、キミの名前もあったよ。すごく助かってるんだ、ありがとう」
「何を言う友よ。友として、そしてイシュガルド人として当然のことをしているだけだ。最初の頃こそインゴットを作るのにも苦労したものだが……フフ、私の仕事ぶりもなかなかイイレベルになってきただろう!」
「本当に目を見張る上達ぶりだよ。黙々と一途に鍛錬するのは昔から変わらないね」
 親友からの素直な賞賛に少し照れるものの、もちろん嬉しい。が、やはりオルシュファンはその視線から感じるものに、つい目を逸らしてしまう。
「……ハルもキミもお互いが大好きなのはわかりきってるんだから、そう悩まなくても大丈夫だと僕は思うよ」
「…………」
 くすりと笑うフランセルに、オルシュファンは熱くなる頬を自覚しながら小さくため息をついた。どう足掻いても、長い付き合いの彼には――詳細は分からずとも――悩んでいることが伝わってしまうらしい。
 彼女のことだから、恥ずかしいだけではないかとはオルシュファンも思っている。だが想いを伝え合ってからああいった雰囲気には幾度かなっていて、その度に何か言い訳めいたことで流されていた。毎回月経というわけでもないであろうし、だとすれば体調か、気持ちの問題といったところで。
「二人とももっと、素直に言葉にしてもいいんじゃないかな。見ているこっちがやきもきしちゃうよ」
 オルシュファンが口を開きかけたところで、ハルドメルが戻ってきた。フランセルと顔を見合わせ互いに苦笑する。そしてフランセルの言葉を受け取ったと伝えるように頷いた。
「ごめんね、大した用事じゃなかったんだけど」
 そう言いつつ、至極嬉しそうな表情をするハルドメルに何かあったのかと訊けば、彼女は少し思案してから、人差し指を唇の前に立てて微笑んだ。
「まだ、秘密」

 そこから数日、イシュガルドにいる知人達を訪ねたり、蒼天街で――休暇のはずではあるが――復興の手伝いをしたりと、二人で共に過ごす時間を楽しんだ。時にはファルコンネストにまで足を伸ばして近況を訊いたり、蒼天街を見に来たのだという迷子の子竜達を案内したりもした。――だがその間も、二人の夜はいつも通りだった。

「あ、おかえりなさいでっす!」
 タタルに申し渡されたオルシュファンの休暇最終日には、二人揃って石の家に戻ってきた。二人を迎えながらも何やら荷物の準備をしているタタル達に何事かと顔を見合わせていると、タタルはいつものようにぴょこぴょこと飛び跳ね説明する。
「ちょっとした計画がありまっして……メルウィブ提督のところにお話に行くのと、ちょっとした視察に行ってくるのでっす! 帰ったばかりで申し訳ないのでっすが、少しの間留守を預かってほしいでっす。タタルの工房もお休みなので、オルシュファンさんももう少し休暇をお楽しみくださっい!」
「そうか、承知した。気をつけて行ってくるのだぞ。ククルタ殿も」
「は、はい。頑張ります!」
 その言葉に、タタルは嬉しそうに微笑んだ。

 二人を見送った後、しんと静かになった石の家。夕食は自分が作ると言ったハルドメルは、買い出しの前に荷物を整理してくると自室へ入る。その背を見送り、オルシュファンは大広間の椅子に腰を下ろして深く息を吐き出した。
(……意識するなと言う方が、無理な話だ!)
 思わず天を仰ぎそうになる。ここはキャンプ・ドラゴンヘッドの客室でもなければ、実家でもない。そして今は正真正銘、ハルドメルと二人きりだ。
 オルシュファンは恋人となってから決して焦らず、無理強いせずハルドメルと接してきた。それは一番初めの――煮え滾る衝動のまま彼女に触れようとしたことを今でも悔いているからであったし、心の底から彼女を大切にしたいと想うからでもある。ただ、だからといっていつまでも清らかな関係のままでいるのは――そんな、男としての想いもまたある。
 ――もっと触れたい。口付けて、肌を重ねて、愛しているのだと囁いて。その熱を感じ、全てをこの両腕でかき抱いて、一つになれたなら。そしてハルドメルもまた同じようにオルシュファンを求めてくれたなら、それはどんなに幸福なことだろうか。
 口付けもするし抱きしめ合うことがあっても、それ以上となるとやはりどこか、薄絹を一枚隔てたような僅かな距離を感じる。それがもどかしくて堪らなかった。
 ハルドメルが部屋から出てくるまでの間、オルシュファンは『もっと素直に』というフランセルの言葉を思い返していた。


 ワインでほろ酔いになったまま、二人で食事の後片付けをして。シャワーを浴びてラフな恰好に着替えたら、後はもう何もない。

「……シュファン、もう寝る?」
 シャワーを終えたハルドメルが髪を拭きながらそう問いかけてきたことに、オルシュファンは流石に動揺した。どんな意図でその言葉を投げかけてきたのか、タオルで隠れて表情は見えない。すぐに言葉を返せずに僅かな沈黙が流れるが、オルシュファンは意を決したように拳を握りしめた。
「ハル」
「うん……?」
 緊張で僅かに震えていないだろうか。まるで十代の若者にでもなったかのような青臭い情欲に、オルシュファン自身ですら戸惑う。決して身体が欲しいだけではないのだと思っていても、相手にはそう取られてしまってもしょうがない程。
「……私の部屋に、来てくれるか」
 思えば、今まで言葉ではっきりとは伝えていなかったのだと内省した。
 再び沈黙が降りるが、あの日の彼女は何の疑いも躊躇もなく、オルシュファンに招かれるまま部屋に来た。今沈黙しているのはきっと、『そういうこと』だと、ちゃんと意識してくれているからだ。
「……、」
 僅かに呻くような、声を発するのを失敗したかのような音がハルドメルの喉から漏れる。タオルを頭に被ったまま動かなくなってしまった彼女に、オルシュファンはそうっと近付いた。花嫁が被るヴェールのようになったその布地を開けば、ルガディン族特有の黒肌でもはっきりと分かるほど赤面している。
「――ハル」
 いや待て、落ち着け、と心の中で念じるが、つられるようにオルシュファンも身体が熱くなるのを自覚する。揺らめく瞳と微かに戦慄く唇を見て、できる限り冷静に言葉を紡ぐ。
「ハル……無理にとは、」
「い、嫌じゃないッ」
 上擦った声で絞り出された言葉に、オルシュファンは瞠目した。今にも泣きそうにも見えるハルドメルは、またタオルで隠れるように俯いてしまう。
「嫌じゃ、ないんだよ……い、今までもそう……ごめん……でも、本当だよ……」
「……では……」
 嫌ではない。その言葉だけでオルシュファンは安堵の息を吐いた。身体を重ねることをこの先もずっとしたくないと言うのなら、それはそれで受け入れようと思っていた。だがそうではない、のであれば。
「…………は……はずかしい……から……っ」
 ――恥ずかしいだけではないかとは、思っていた。だが本当に――。
「……それだけ……か……?」
 本当にそれだけだとしたら。嗚呼、なんて杞憂だったのだろうと、気が抜けて笑みが零れる程。
「あ、と……ちょっとだけ、怖い……」
 それは、初めての行為だからというだけではない。あの日、驚いて反射的にオルシュファンを――その胸に残る傷痕を手で打ってしまったことを悔いているからだと彼女は言った。その手を取って、オルシュファンは自らの胸へ触れさせた。大丈夫だと伝えるように。
「……ハル」
 抱きしめていいかと、改めて聞く。ややあってから、ハルドメルは小さく頷いた。
 自分より少しだけ背の高いハルドメルの身体に、オルシュファンは両腕をまわす。引き締まっているのに柔らかな身体から、微かに石けんの香りがした。数枚のコットンだけが二人の間を隔てているけれど、互いの熱がはっきり伝わる。
「……フフ……ずっと……嫌なんじゃないかと、気を揉んでいた」
「……ごめん……で、でもね……今日は、」
 ハルドメルの腕が、オルシュファンをしっかりと抱き返した。跳ねる心臓の音が聞こえてきそうだと、互いに思った。
「今日は……逃げない、って……決めたから……」
 二人だけの夜。二人だけの空間。
「――ハル。ハルドメル・バルドバルウィン……私は、貴女を愛している」
 オルシュファンは抱きしめる腕を解いて、ハルドメルの左手を取った。騎士が高貴な女性にするように、恭しくその甲に――あるいは、薬指の上に――唇を落とす。
 これでもかと顔を赤く染めたハルドメルの頭から、はらりとタオルが落ちた。空の瞳が海の瞳をしっかりと捉えて、どうかこの想いを受けてほしいと懇願するように囁いた。

「――貴女を抱きたい。今、すぐに」


「ん、ん」
 頷いたハルドメルの手を引いて、オルシュファンはすぐさま自分の部屋へ引き入れた。灯りも何もない暗闇の中で抱きしめて、口付けて、足がもつれそうになりながらベッドに雪崩れ込んだ。
「しゅ、シュファン……っ」
 上擦った声が震えているのに気付き、オルシュファンは一度冷静になる。ハルドメルにとっては全て初めての経験なのだ。焦ってはいけないのだと、改めて気持ちを律する。
 愛する人が、純潔を捧げてくれる。本気になれば容易く抵抗できる人が、信頼し身を委ねてくれている。情事において受け身になるのが常である女性側の、『それでも相手を受け入れたい』という想いを向けられることがどれ程特別で幸福かを、オルシュファンはまざまざと感じ取った。
「シュファン……?」
 急に動きを止めたオルシュファンにハルドメルは不安そうに声をかけるが、オルシュファンは微笑んで隣にぽふんと身を横たえた。二人分の体重を受け止めるベッドが微かに軋む。
「ハル、女性は緊張していると感じにくいと聞く」
「かん……、……」
「よりリラックスした状態がイイ、ということだ! ……私は、お前にちゃんと気持ちよくなってもらいたい」
 暗闇であってもその熱で、顔を真っ赤にしているであろうことは容易に想像がつく。素直に言葉にすれば、ハルドメルははにかみながら頷いた。

 ベッドの中で向き合い、抱きしめ合う。互いの熱がはっきりと伝わる。
「……なんか、変な感じ」
「む……変、か?」
「…………」
 ハルドメルの知識は、本で読んだ物語の中で語られる描写であったり、酒場で酔った冒険者達が語る下品な話が耳に入ったりと、まぁそんなレベルのものだった。
「……もっと激しいものと思ったか?」
「………………」
 オルシュファンの肩口に顔を埋めてしまったハルドメルだが、身体の熱さがはっきりと答えを示していてつい頬が緩む。
「ハル、口付けがしたい」
 そう言うと、ハルドメルはゆっくりとだが顔を上げた。頬に触れて位置を確かめる。親指がふにりと柔らかな唇に触れて、オルシュファンはその場所に自身の唇を重ねた。
「ん……」
 触れるだけの口付けから、柔らかでふっくらとした唇を味わうように啄む。舌先で軽く唇をノックすれば、おずおずと開かれたそこにそっと滑り込んだ。
「んんっ、ん……」
 舌先が触れれば、驚いたように引っ込んでしまう。それを追うように口付けを深くして、温かな粘膜を擦り合わせた。
「ん……ふふ、くすぐったい……」
 抱きしめる手をそろりと動かしていると、ハルドメルがくすくすと肩を揺らした。色気も何もあったものではないが、リラックスしている証拠だとオルシュファンも笑みを深めた。そんなじゃれ合いがしばらく続いたが、身体の熱は決して冷めるわけではなく。
「……」
 はぁ、と熱のこもる息が肌を撫でた。
 オルシュファンの手は、ハルドメルを傷つけないように、怖がらせないようにそっと触れ続ける。口付けながら、寝間着の上からその身体を撫で擦った。
「っ……ん」
 少しずつ、漏れる声が艶めいていく。布越しでも分かる、鍛え上げられた肉体。その所作を見るだけで分かるイイ身体に、触れることが許されている。その事実にどうしようもなく鼓動が早まる。
「ハル……」
 唇に、頬に口付け、耳を食んだ。エレゼン族は長い耳が特徴的で目立つ故に、その形に好き嫌いやこだわりがある者もいる。オルシュファンは特段こだわりがあるというわけではなかったが、ハルドメルの――エレゼンとは違う、小さくまろい耳は愛らしいと思った。
「んんっ……」
 産毛に触れるか触れないかという程のソフトタッチで、何度もその形を唇で辿る。どんな気持ちでシャワーを浴びていたのだろうか。身体の隅々まで洗ってきたように、どこに触れても柔らかな香りがした。
「ぁ……っ」
 舌で舐れば、ふるりと身体が震える。縋るように服を掴む手が心地良い。オルシュファンは身体を起こし、ハルドメルに馬乗りになる。その身体を仰向けにさせ、脚の間に膝を割り込ませれば、戸惑ったような声と共に手の力が強くなった。
「シュ、ファ……っ」
「……怖いか?」
 誰にも触れられたことがないであろう場所。まだ誰も知らない身体。先に進んでもいいのかと、改めて問う。
 熱に浮かされたように潤んだ瞳は、ゆっくりと瞬きした。
「シュファンなら……へいき……、……ううん、シュファンじゃなきゃ嫌……シュファンがいい……」
「……嬉しいことを言ってくれる」
 そう言いながら、内心では荒れ狂う熱を抑えるのに必死だ。煽ってくれるな、と思いながら、深く口付ける。
「っ……!」
 唇を吸い上げながら、秘部に膝を押し当てる。圧をかけゆったりと動かせば、悩ましげに眉が寄るのが分かった。
「んっ……んん……」
 未知の感覚に戸惑いながらも、その手は抵抗を示さない。ただ、逃げるように腰が浮いたから、更に膝を押し込んだ。
「あッ、ああ……!」
 ぞくぞくと背筋を這い上がる何かを、ハルドメルは戸惑いと共に受け止める。――どんな感覚なのか、どんな気持ちなのか、想像したことはもちろんある。だが所詮は想像でしかないのだと、自らの身体をもって思い知らされていく。
 ゆっくりと事を進めたお陰か、程よく緊張の抜けたハルドメルの身体は快感を得られているようだった。
 まだ躊躇うようならいつでもやめようと思っていたオルシュファンだったが、艶めく声に情欲を刺激される度にその意思が揺らぎそうになる。
「あ、つい……」
 譫言のように呟かれた言葉。その額から玉のような汗が一粒転がり落ちていく。
「……なら、少し脱ぐか、ハル」
 熱で潤む瞳がオルシュファンを捉え、緩慢に頷いた。寝間着のボタンが外され、肌が外気に晒される。暗闇に慣れた目でもその黒肌の細部まで見ることはできなかったが、闇に浮かび上がるような胸元の金刺繍にオルシュファンは思わず感嘆の声を上げた。
「……綺麗だ」
 恥ずかしそうな気配が伝わってくる。そっと指先で触れてみれば、フリルがついていることも分かった。
「……友達と、ね……買い物に行った時、一緒に選んでもらったんだ……」
 それを着けてきたハルドメルは、本当に今日は逃げないという気持ちだったのだろう。万が一にでも、もう寝るなどと回答していたら――そんなもしもを想像して、オルシュファンは苦笑した。
「変じゃない……?」
「暗くて見えにくいのが惜しい程だ……灯りをつけては」
「だ、だめ……っ」
「フフ、承知した」
 オルシュファンの笑う気配に、ハルドメルもゆるゆると微笑んだ。口付けを交わし、頬、首筋と辿りながら、手は下の寝間着も取り払った。そこにある下着もまた、美しい金の刺繍が施されているのが分かる。
 せっかく選んで着てくれたものだ。すぐに脱がせてしまうのも惜しいと、オルシュファンはその下着の上にそっと手を這わせる。
「っ――!」
 長い指が、スリットに沿うように下着を撫でる。殊更優しく、布地の滑りも借りて摩擦すれば、耐えきれない甘い吐息が次々と零れた。
「あ、ぁっ」
 併せて、胸も下着はそのままに、形を辿るように指を這わせた。オルシュファンの大きな手でも余る程の大きさの柔肉に唇を落とす。その感触はいつまでも触っていたくなる程だ。
 小さく震える身体は確かに快感を味わってくれているようだった。その証拠のように、下着を擦る指はそこが湿り気を帯びてきたことに気付いていた。
「や……っ」
 オルシュファンの手はとうとうするりと下着の中に差し入れられた。
 柔らかな茂みを超え、ぬるつくそこに指が潜り込む。く、と少し力を込めれば、誰も受け入れたことのない肉を押し開いて侵入を果たした。
「痛っ……」
「っ……すまない……痛いか、ハル……」
 オルシュファンは動きを止め、ハルドメルの様子を見る。乱れた呼吸が、音だけでなく上下する胸の動きでも伝わってきた。しばらく待っていると痛みで少し強張った身体から徐々に力が抜けて、はふ、と一つ息を吐いた。
「ん……大丈夫、だから」
「ハル……」
 やめないで、と。そう言われてしまえば、引き下がることなどどうしてできようか。
 挿入した指をゆっくりと根元まで収める。口付け、痛がっていないかと注意を払いながら、手のひらで恥丘を覆うように添える。隠された快楽の芽を刺激するように、ゆっくりと手を動かした。
「あ、あっ、あ」
 オルシュファンに回された腕に力がこもる。痛みは和らいだようだと安堵しながら、胸を触っていた手はそこにある下着の紐をしゅるりと解いた。固定していたものが失われ、柔らかな二つの膨らみが揺れた。
 汗でしっとりとした肌の色香に目眩がしそうだと、オルシュファンは生唾を飲み込む。
(こん、な)
 自分の喉から零れる声が自分のものではないように感じながら、ハルドメルは与えられる快楽に身体を震わせた。
(はずかし、のに……)
 オルシュファンは仰向けになってもなおその大きさが分かる双丘に優しく触れ、舌を這わせる。だがその中心でつんと勃ち上がった突起には触れず、その周辺ばかりを焦らすように責めた。やがてその場所はぴりりとした甘い疼きを生みはじめ、ハルドメルを苛む。
「んん、んん……」
 触られたらどうなってしまうのだろう。想像して、内壁が無意識にきゅう、とオルシュファンの指を締め付けた。その感覚に思わず身をよじれば、不意にオルシュファンの唇が胸の、待ちわびるように硬度を増している突起を食んだ。
「ッ――」
 唇で挟まれ、舐められ、吸い上げられる。同時に秘部に添えられた手が陰核を押しつぶすように動いて、ハルドメルは感じたことのない快楽の奔流に言葉にならない悲鳴を上げた。
「――――ッ! んん、ぁ、はぁ……っ」
 背を反らせるように身体を強張らせ、やがてくたりと力が抜ける。
 断続的に戦慄き締め付けるそこは愛液でしとどに濡れていた。
「はぁ……っ、はぁ……ん」
 ハルドメルの呼吸が落ち着くまで、しばらくの間抱き合ったままで過ごす。身体の火照りは鎮まることなく、まだまだ内側で燻り続けていた。
「ハル、大丈夫か……?」
「ん……」
 まだ指しか挿入していないのにと不安はあったが、それ以上にもっとオルシュファンの想いに応えたかった。そしてハルドメル自身もまた、彼が欲しいと想う気持ちのままに頷く。
 下の布も取り払われ、生まれたままの姿になる。一度抜いてしまった指が再び沈められていく。最初よりすんなりと入ったそれにハルドメルが安堵の息を吐いていると、そのまま二本目が挿入されて思わず間の抜けた声を上げた。
「わっ……!」
「……少し、慣れてきたな」
 オルシュファンの声からも安堵したような、少し嬉しそうな気配を感じてハルドメルは赤面する。身体は熱くて堪らないし、それ以上に初めての未知の感覚に翻弄されてばかりだ。オルシュファンが求めてくれるのは嬉しいが、自分ばかり与えられているようでもどかしい。
「ね……シュ、ファン……っ……」
「む、どうした、痛いか……?」
 気遣わしげな視線が向けられるが、ハルドメルは甘く疼く感覚を堪えながらオルシュファンの腕に触れた。
「わ、たしばっかりじゃ……だめ……だよ」
「ハル……」
「……シュファンにもちゃんと……気持ちよくなってほしい……から……」
 男性は『それ』に触れられたり、挿入することで快楽を得るのだと知識だけはある。ただ、どういう風に触れればいいかハルドメルには分からなかった。だから恥を忍んで訊ねたけれど、まだ服すら脱いでいないオルシュファンは答える代わりに唇に触れる。
「ん、っ」
 愛おしむような口付け。何度も何度も触れては離れて、柔らかな唇の感触を確かめるように食む。その合間に、熱と質量を持った『それ』が身体に擦り付けるように押し当てられ、ハルドメルはくぐもった声を上げてしまう。
 その熱の存在には部屋に入って抱き合った時からずっと気付いてはいたけれど、どうすればいいのかは分からずじまいで。
「ハル……男というものは」
 漸く唇を離したオルシュファンの声は、どこか嬉しそうな気配を纏っている。
「……もちろん、触れられるのも、身体を繋げることも気持ちいいが……愛する人が己の手で感じてくれる……それだけでとてもイイ。幸せになるものなのだ」
 証拠と言わんばかりにまたその熱塊をゆるゆると擦り付けられて、そこから伝染するように身体が熱くなった。
「その気持ちだけでも嬉しい。だが今はまだ、もう少しお前を愛させてくれ……性急に進めればお前も辛い思いをする……私は自分以上に、お前に気持ちよくなってほしいのだ」
 そう言ってオルシュファンは再び埋めた指を、添えた手のひらを動かしていく。既に一度達した身体は未だ余韻が抜けきらず、身体の奥から生まれる感覚にハルドメルは身震いした。
「は、ぁ……っあ、ぁ……んっ」
 手が動く度に、そこがどれ程濡れ、とろりと滑りを帯びているのかが分かってしまう。中に収められた指はいつのまにか三本になって、敏感な入り口や陰核を刺激しながら、内壁にゆっくりと圧をかけていく。
「あぁッ……! あっ、ぅ……!」
 指を締め付け、ひくりと身体が戦慄いた。手指の動きに合わせるように何度も、さざ波のように快楽が押し寄せては引き、また返ってくる。
 ――気持ちいい。そして少し、怖い。気持ちよすぎてどうにかなってしまいそうだと、逃げるようにハルドメルの腰がくねる。
 だがそれは新たな快楽を生み出すだけで、逃がさないと言わんばかりにオルシュファンはハルドメルの身体を自身の体重で軽く押さえつけた。
「――ッあ、あ、だめ、だめ……っ……シュファ……ぁっ」
 震える秘部から指を引き抜けば、粘液が名残惜しそうに糸を引いた。オルシュファンがすっかり汗に濡れた寝間着を脱ぎ捨てる。露わになった鍛え上げられた肉体は暗闇の中で薄らとしか見えないけれど、ハルドメルの心拍数を引き上げるのには十分だった。
「ハル」
 ――最後の確認。今から貴女を奪うのだと。それを、許してくれるかと。
 ハルドメルは荒い息を落ち着かせながら、オルシュファンに両手を伸ばした。何かを感じたようにオルシュファンが少し身をかがめれば、両の手は頬を包むように触れた。
「……シュファン……初めてじゃない、よね……」
 汗で肌に張り付いた髪を、その指先が優しく払う。もう過ぎてしまった、どうしようもないことだとしても確かめてみたかった。その確認はハルドメルなりの、やきもちだった。
 ――そうであったら良かったのにと、オルシュファンは思う。自分の初めてもまた貴女に捧げられたのなら。だからこそ、オルシュファンは心のままに答える。
「……だが、心から、一番愛する人を抱くのは、今日が初めてだ」
 頬を包む手に手を重ねて微笑んだら、ハルドメルもまた、少女のように笑った。
「……うれしい」
 どちらからともなく口付けた。あの時伝えた言葉を、ハルドメルはもう一度口にした。
「シュファン……私の一番になって……私を、あなたの一番に……して……!」
 猛った雄は既に先走りを滲ませている。それを塗り広げるようにしながら、まだ誰も受け入れたことのない蕾へ押し当てた。どうしても痛みを予想してしまうのだろう、僅かに強張る身体を宥めるように抱きしめて、口付けを繰り返す。そうして綻んだ蕾へ、ぐ、と腰を押し進めた。
「ぁっ……!」
 ぬるりと先端が侵入した。心音が耳元で聞こえそうなほど、どくどくと荒れ狂っている。だが入念に慣らした秘部はしとどに濡れて、痛みは少なかった。
「あ、あっ」
 ゆっくりとだが、確実に奥を目指して熱塊が押し進められる。受け入れようと浅く呼吸を繰り返すハルドメルに愛おしさを募らせながら、狭いその場所を押し広げるように、オルシュファンは力を込めた。
 ぴたりとオルシュファンの肌が触れ、動きが止まるのを感じたハルドメルは堪えるように閉じていた目を薄らと開けた。オルシュファンの額から流れた汗が頬に落ちる。呼気を落ち着かせるように、はぁと熱い息を一つ。
「……は、いった…………?」
 譫言のように零れた言葉に、オルシュファンが微笑んだ。その身体の重みを感じながら、両腕でしっかりと抱きしめられる。二人の間に隙間などないように身体が密着した。
「あ……」
 先ほどまで暴れていた心臓が、普段よりは速いテンポだけれど、次第に落ち着いていく。互いの熱を分け合うように、ハルドメルもまたオルシュファンの背に腕をまわし、しっかりと抱きしめた。
「…………すごい、ね……」
 ほう、と息を吐く。オルシュファンが微かに首を傾げると、ハルドメルはふふ、と笑って頬を寄せた。
「好きな人と一つになるって……こんな感じ……なんだ……」
 最初は怖かったのに、不安だったのに、そんなことを忘れてしまいそうなほどに満たされている。快楽も痛みも関係なく、ただただ愛する人と抱き合うだけで、胸いっぱいに幸福感が溢れていく。
「すき……シュファン……」
 ゆるゆると微笑んでそう言えば、視界に映る大きく尖った耳の先端が、真っ赤になっているのを捉えてまた笑った。
「……あぁ……ああ、その通りだな……ハル」
 万感の想いを込めて、その身体をかき抱く。どんな言葉もこの幸福感の前では足りないと思いながら、オルシュファンもまた言葉を伝えた。好きだ。愛している。伝える度に、胸の奥が甘く疼いていく。
「ん、ぁ……っ」
 ぴったりと、オルシュファンのものに吸い付くように馴染んだ内壁は、僅かに揺り動かすだけでも心地いいようだった。悪戯に胸の柔肉を揉んだら、恥ずかしそうに声を漏らした。
「ふ、あ……っ、あ、んっ」
 オルシュファンは身体を優しく揺すりながら、その姿を具に観察する。悩ましげに寄る眉も、涙が滲んだ目尻も、震える喉も何もかも。自分との行為で確かに感じてくれているのだと、そんなくだらない、男としての自尊心が満たされることに自分でも呆れながら。
「痛く、ないか……っ……ハル……」
 きつく内壁に締め付けられる度達しそうになるのを堪えながら、オルシュファンは訊ねた。息を弾ませながら何度も小さく頷く姿が愛おしくて、もっと感じてほしいと躍起になる。
「んん、あっ、だめ……っ、ま、た、ぁ……ッ!」
 びくびくと腕の中の身体が震える。軽い絶頂を味わった身体はとろけそうな程熱く気持ちいい。オルシュファンは少しだけ腰の動きを早めた。
 熱い吐息すら奪うように口付けて、とん、とん、と奥を突く。胸と秘部の突起を同時に刺激すれば、悲鳴のような嬌声がオルシュファンの耳をくすぐった。
「――――ッ !!」
 仰け反る喉に口付けながら、激しい締め付けに耐えきれずオルシュファンも欲を吐き出す。
「くッ……ぅ……!」
 腰が震え、脈打つ雄が白濁を注ぎ込んでいく。目の眩むような快感は身体を満たし、愛しい人と一つになれたという事実が心を満たしていく。
 嵐のような情動がゆっくりと鎮まるのと同じく、オルシュファンのものがそろりと抜けていく。熱に浮かされたようにぼうっと放心していたハルドメルは、ふとその感覚に気付き顔を赤くして身を起こそうとした。
「あ、わっ……」
「ど、どうしたハル……」
「汚しちゃう……」
 流れ出る白濁の感触に気付いたのだろう、溢れるそれをなんとかしようとおろおろするハルドメルを見て、オルシュファンはつい笑ってしまった。
「大丈夫だハル、もう汗やらなにやらで」
「言わなくていいからっ」
 先ほどまでの艶めかしさはどこへやら。いつもの空気に戻ってきていることにある意味安堵しながら、オルシュファンは投げ捨てた寝間着の下を拾い上げて身につける。そしてハルドメルの身体をシーツでくるむように抱き上げた。
「わっ」
「ふふ、ではシャワーでも浴びるか」
「あ、歩けるよ……多分……」
 抗議の声を上げながらも、ハルドメルは落ちないようにオルシュファンの首に腕をまわして体勢を安定させる。
「うぅ……」
 まだ中から溢れる感覚があるのか、ぎゅう、と首にすがりつくハルドメルは恥ずかしそうに小さく唸る。腕の中の重みを感じながら、オルシュファンはゆっくりと浴室へ向かった。


 疲れてうとうとしていたのだろう、シャワーを浴びた辺りから記憶がないハルドメルは、オルシュファンが持ってきてくれた着替えを手に一人で頬を火照らせていた。
(……まだちょっと……入ってるみたいな感じ……)
 薬の苦みに顔を顰め、初めて男を受け入れた場所の違和感に落ち着かない様子で服を身につける。そろそろと足をベッドから下ろして大丈夫そうだと確認すると、ハルドメルはキッチンで朝食の準備をしているらしいオルシュファンの元へ向かった。

「ごちそうさまでした! すごくお腹減ってたみたい」
「口に合ってなによりだ! 身体の方は問題ないか?」
 しきりに体調を気にするオルシュファンは、無理をさせたのではないかと心配しているようだった。恥ずかしいので違和感の話は横に置いて、ハルドメルは大丈夫だと笑って頷く。オルシュファンも安心したように笑ったところで、何かを思い出したように席を立つ。戻ってきた彼の手には、小さな包みがあった。
「今朝早くにレターモーグリが持ってきたものだ。ハル宛てだぞ」
「あ!」
 ぱっと明るくなる表情を見てオルシュファンもつられるように笑う。だがハルドメルは受け取ったその包みを、そのままオルシュファンへ差し出した。
「ふふ、これはね、シュファンにあげるものでもあるんだ」
「私、にも?」
「開けてみて」
 疑問符を浮かべながらオルシュファンは包みを解く。中からはこれまた小さな――宝石でも入っていそうな綺麗な箱が出てきた。オルシュファンがその蓋をそっと開くと、純白の真珠が二粒、寄り添うように置かれている。
「これは……」
「……貝の中で、珠が偶然くっついてできる双子真珠だよ。それを二つに分けて、リンクパールにしてもらったんだ」
 言われてみれば、綺麗な球体ではなく、一部が少しだけ歪な形をしている。そこが接していた跡だというのなら、成る程納得がいった。
「双子真珠から作ったリンクパール同士は、どんなにエーテルが乱れてる場所にいても絶対つながるって言われてるんだよ。ふふ、迷信かもしれないけど」
 伝えたことはなかったけれど、オルシュファンはずっと欲しいと思っていた。遠い場所で旅をする、目の前の誰かのために戦っているその人に声を届ける術。手に入るのはもっと先だと思っていたのに――。
「……どこかの英雄サマがね、職権濫用したんだって」
 オルシュファンはそっとその小箱をテーブルに置いて、眉尻を下げて苦笑する恋人を抱きしめた。
「ありがとう、ハル」
「……わがままでごめんね」
「いい。旅をしているお前は輝いているからな!」
 共にいたいと想いながら、今はまだ旅をしたいという矛盾。待つばかりになるオルシュファンは、それでも製作者として守り支える道を選んでくれた。そんな彼に少しでも報いたくて、方々の伝手を頼ってこの真珠を手に入れたのだ。離れていても、いつも側にいられるように願いを込めて。
「しかし、連絡した時にお前がピンチだと、心配すぎてどうにかなってしまうぞ!」
「うぅ……ならないように頑張るよ!」
 からからと笑うオルシュファンにつられて笑う。
「身につけられるように、彫金師を頼らねばな。耳飾りか、首飾りか……」
「あ、それはちょっとね、友達に頼んでみようと思って……でもその前に、試してみよう」
 ハルドメルは箱からそっと真珠を取り出して、一つをオルシュファンに渡すと自分のそれをそっと耳元に近付けた。オルシュファンも微笑んで、耳元へ添えた真珠にエーテルを込める。
 石の家の片隅で、鈴を転がすような、高く軽やかな音が響いた。

タイトルとURLをコピーしました