「他所の星芒祭を見るのは初めて?」
「ああ! 邪竜とその眷属が活動期に入ってから祝祭の類いはささやかなものになってしまっていたが……他の国でもこんなに盛大に行われていたとは知らなかったぞ」
「そっかぁ……これからはイシュガルドでもたくさんお祝い事していくんだよね?」
「当然だ! 私もイイものを買って子供たちに贈らねばな!」
グリダニアの街中は、雪と光に彩られている。イシュガルドが発祥の地であるその催しは今やエオルゼア中に広まり、多くの子供たちが楽しみにする祭となっていた。
ドラゴン族が大人しい平和な期間。邪竜が活動期に入ったとされる二十年前までは、イシュガルドでも貴族平民問わずその催しを盛大に行っていたという。子供の時分ではあったが、その頃の光に溢れた光景を、オルシュファンも覚えている。普段とは少し違う豪勢な食事が振る舞われる催し事の類いは、伯爵夫人の監視下で息苦しい毎日を送る少年にとっても僅かながらの楽しみだったのだ。
「ふふ、じゃあシュファンには私から。はい」
「む、これは?」
「開けてみて」
綺麗にラッピングされた包みを開くと、中には群青色のマフラーがあり、オルシュファンは驚きに目を見開く。
「ローズさ……聖人様に作り方を教えてもらったんだ。シュファンはそんなに寒がりじゃないし、必要ないかなとも思ったんだけど……」
「…………」
「あ……えっと……」
固まったまま動かないオルシュファンを見て、ハルドメルも言葉が続かなくなる。気に入らなかっただろうか。贈り物をされるのは子供たちなのだから、子供扱いされたと思ったりしないだろうか。急に不安に駆られて肩を落とす彼女の身体を、オルシュファンはそっと抱き寄せた。
「しゅ、シュファン?」
「ありがとう、ハル……嬉しい。とても嬉しいぞ」
「あ……そ、それならよかった」
ほう、と安堵の息を吐いたハルドメルを抱きしめる腕の力が強くなる。少し視線を動かすと、尖った先まで赤くなった長い耳が視界に入り、つられるように頬を染めた。それは多分、寒さだけのせいではなかったから。
「その……こういう贈り物をされたことがあまりなくてな……フフ、面映いものだな。驚いてしまった。すまない」
以前超える力で垣間見てしまった彼の過去を思えば、想像に難くない。嫡出子二人と共に育てられたとは言え、正妻である伯爵夫人からの扱いはどうしても二人とは差がつけられてしまうものだっただろう。いくら父エドモンが同じように扱おうとしたとしても。
あの時、『色んな人が悲しんでいた』とハルドメルが言ったことを、オルシュファンも理解している。伯爵夫人は本当は優しいひとだった。愛した男の妾腹でなければきっと、アインハルト家の兄弟たちと同じように可愛がってくれただろう。けれどそうはならなかった。幼かった彼は悲しみ、怒り、憎むことさえあったし、結局一度も歩み寄れないまま、彼女はこの世を去ってしまった。
過ぎ去った時はどうすることもできないけれど、今なお残る遣る瀬無い想いに寄り添い、少しでも温かくしてあげられたら。そう願い、ハルドメルもまたオルシュファンの身体を抱き返した。
「ああ、だが参ったな……! 星芒祭は子供たちのものとばかり思っていたから……」
何も用意していないと嘆くオルシュファンに肩を揺らす。贈り物などなくても、共にいられることが、喜んでくれることが嬉しいから。
「シュファンが喜んでくれたら、それが一番嬉しいよ。マフラーつけてくれる?」
「もちろんだ!」
お互い身体を離すと、ハルドメルはオルシュファンの手からマフラーを受け取り、そっと首元に巻いていく。柔らかく温かな感触に包まれ、オルシュファンは目を細めた。群青色のそれは、彼にとてもよく似合っている。
「温かい?」
「ああ、まるでお前に抱きしめられているような心地だっ。身体の内側からも温かくなってしまうぞ!」
「……大仰なんだから」
恥ずかしそうに微笑んだハルドメルをもう一度抱きしめて、二人手を繋いで歩き出した。
ーーーーー
「シュファン、ちょっと待っててくれる?」
「何かあったのか?」
うん、と頷いた彼女は、大きな身体を小さくするように、一人の子供の前で膝をついた。いつもああやって、困っている誰かを放っておけないのだ。その全てを見ているわけでなくともわかる。その優しさが友として、恋人として誇らしい。
最初こそその体躯と鋭い目付きにその子供は驚いたようだったが、話せば打ち解けてくれた。そしてもう一人、気になっていたらしい子へ話を聞きに行けば、ウルダハから引っ越してきたため友達と離れ離れになってしまい、星芒祭を一緒に楽しもうという約束を果たせないことが心残りなのだと言う。その話を聞いて、子供の頃友達を得られなかったハルドメルが放っておけるはずもない。
「ごめん、折角の……で、デートなのに」
「構わない。あの子達に協力したい気持ちは私も同じだからな! 友を想う気持ちは私もお前もよく知るところだろう?」
「……ん……ありがと、シュファン」
ハルドメルとて二人で過ごせる大事な時間を失いたくはない。それでも、あの子供たちの話を聞いて、じゃあ頑張ってねと去ることはできなかった。それを理解して、同じように友を想う気持ちを大切にしてくれる親友であり、恋人であるオルシュファンのことが、殊更愛おしくなる。
ハルドメルが星芒祭実行委員会のアム・ガランジに事情を説明している間、オルシュファンは子供たちと、彼らにアクセサリー作りを教えてくれる筋肉質な星神の聖人を見守り、時に声援を送っていた。その組紐は丈夫さを絆の強さに見立て、友情の証として贈り合うというとある地域の風習にインスピレーションを受けた聖人が自らデザインを手掛けたものだと言う。イシュガルドでは『聖ダナフェンの美酒』がそうであるように、その物の性質に意味を見出し、縁起物とするのはどこの地域にもあるものらしい。
「子供たちのことは見ておくから、プレゼントのことは頼んだぞ聖人ハル!」
「うん、行ってくるね!」
作り上げられた友情の証を受け取り、星神の聖人の赤い衣装を身に纏ったハルドメルは、朗らかな笑顔を浮かべてテレポの光に包まれた。
「喜んでくれるかなぁ」
「絶対大丈夫だよ!」
「うむ、想いを込めたイイ贈り物に喜ばない友はいない!」
アクセサリーを作る間にすっかり打ち解けた子供たちにオルシュファンも微笑む。製作の手ほどきをしていた聖人はホッホッホゥと満足気に頷きつつも、ウルダハの方向を見るオルシュファンへ声をかけた。
「……星芒祭は確かに子供たちが主役ですが、近年では大切な人や家族と過ごし、贈り物を渡し合う日にもなっておりますぞ。ホッホッホゥ!」
聖人は何もかもお見通しということだろうかと、オルシュファンは肩を竦める。この出会いは、まさしく星神が与えてくれたものなのかもしれないとも思いながら、オルシュファンは聖人に向き直り、胸に手を当てる。
「星神の使い、聖人殿よ。私の祈りを聞き届けていただけないだろうか」
「ホッホッホゥ!」
ーーーーー
ウルダハから戻ってきたハルドメルは、預かってきた贈り物を子供に渡す。ウルダハにいる子供たちと、この少年の名前が入ったアクセサリー。お互いに想いあう友達の、温かなプレゼント交換となったようだった。赤い衣装を纏って想いのこもったプレゼントを渡すハルドメルの姿は、正に星神の使いだとオルシュファンは目を細めた。
離れていても心は繋がっているのだと肌で感じた少年は、グリダニアでの新たな友と一緒に、星芒祭の中心へと駆けていく。ミィ・ケット野外音楽堂のベンチに二人で腰掛けその背を見送りながら、オルシュファンは大切な人の肩をそっと抱き寄せる。瞳は星芒祭の飾りの光を受けて、きらきらと星が瞬くようだ。その光は、水面に映るように揺らめいてもいる。
「私も……もっと早く知れたらよかったな」
そう言うハルドメルは、眩しそうに子供たちを見て眦を下げる。別れが嫌だと泣いていた子供の頃の自分に、例え離れても想いあうことはできるのだと教えてあげられたら。知っていたら、と、つい考えてしまう。
後悔ではない。そうできなかった過去の自分を優しく抱きしめるように想い、そして今は友情を確かめ合った彼らを心から祝福する気持ちでいっぱいだ。
「むぅ……お前の幸せが一番だが、そうなっていたら私は『一番最初の親友』になれなかったと思うと、複雑だ……!」
「ふふ……シュファンは焼きもち焼きだね」
「もち……?」
「あ、東方の食べ物でね、もち用のお米を潰して練って作るんだよ。えーっと……妬いてる時に使う言葉で……」
両親との旅の中で出会う人たちは多種多様で、彼らから聞いた話や言葉はいつも新鮮で面白く、子供だった彼女はそれらを自然と吸収していった。冒険者になってからは自分の足で東方の地を踏んだこともあり、時々こうして言葉が出てきてしまう。聞き慣れない言葉でも興味深そうに聞いてくれるオルシュファンの表情がハルドメルは嬉しかった。
「ハル」
名前を呼べば、嬉しそうに見返す。戦う時には凛とした強さを見せるのに、こういう時は少女のようだと、そういう印象を受ける。決して幼い顔立ちというわけではないのに、そこにある心根が真っ直ぐで純粋だからだろうか。
「手を出してくれないか」
「?」
その手に、世界で一つだけのブレスレットをつける。海と空のような、異なる青を使った組紐のブレスレットに、ハルドメルは驚きながら目を輝かせた。
「星神の聖人は、大人の祈りも聞いてくれるらしい。大事な人に特別な贈り物をしたいんだ、とな。フフ、急拵えになってしまったのは悔しいが……」
「そんなことない! 嬉しい……すごく嬉しい! ありがとうシュファン!」
彼女がそう言ったように、相手が喜んでくれることが何より嬉しい。輝く瞳でブレスレットを眺め、愛おしそうに触れる手に、オルシュファンは自身の手を重ねる。
「星神の使い、聖人殿。どうか私の大事な人の旅路が、いつも最良のものであるように。そしてその人がいつもイイ笑顔で、私の心と共にあるように。……この祈りを、聞き届けてくれるだろうか」
「ーーはい、その祈りは、必ず届きます」
微笑む愛しい人の右目、その少し上にあるこめかみにほど近い傷跡に唇を寄せ、オルシュファンもまた笑った。