「は、ぁ……っ」
身の内に宿る熱を少しでも冷まそうと、荒い呼吸を繰り返す弟の額を濡れ手拭いで拭いてやりながらハンゾーは独り唇を噛む。
ゲンジの初めての任務であった。
家業に興味を持たず、殺しなど以ての外だというゲンジに対して、殺しでなくともいいから一度手伝ってみろという長老たちの意向で半ば強引に駆り出された。
既に数々の任務をこなしてきたハンゾーと共にとある企業の機密情報を入手しに赴いた先でのこと。
出来損ないと言われるゲンジだが、修行や勉学を怠っているだけでシマダの者としての才能は確かにある。
だから気付いた。その機密の重要性を。
『……っ……兄者、こんなものをあの企業に売り渡すのか!? いくらなんでもこれは……』
『……それが我らの任務。シマダの利益にも繋がることだ。それにこの企業とて綺麗ごとばかりで発展しているわけではない』
『だからって!』
短い問答の間にセキュリティシステムに感知されてしまい、警備用オムニックが襲ってきた。
その時だ。初めての任務で現場に不慣れなゲンジは、敵が撃ってきた弾を反射的に木の葉返しで跳ね返そうとした。
だがそれは触れれば爆散し毒物を散らせるものであった。驚いたゲンジはそれをまともに吸い込んでしまったのだ。
その場は何とかハンゾーが切り抜け二人で脱出できたものの、シマダ城へ戻る道すがら、ゲンジは次第に体調を崩していった。
応急用の薬は飲ませたが、毒が強かったのか、はたまた飲ませた薬と相性が悪かったのか、燃えるように熱いゲンジの体を抱えながらハンゾーは珍しく焦りを感じていた。
「……これが目的の品。任務は完了した」
「初めての任務だというのに、あれは報告にも来んのか」
「……ゲンジは、敵の毒物を受け……」
「ふん、やはり出来損ないか。わざわざ任務に行かせる必要などなかったではないか」
「しかし兄弟龍はシマダ家では繁栄の証。他の兄弟達に力がないことを考えると……」
「……報告は以上。拙者はこれにて失礼する」
言い合う長老たちを置いて、ハンゾーは部屋を出てすぐゲンジのもとへ戻った。
妾の子だからと当然のように蔑む彼らの言葉は聞くに堪えない。それらを投げつけられるゲンジがこの家から出たがる気持ちも、ハンゾーは理解していた。だが、と思ってしまう自分がいることも、また。
「……ぁ……にじゃ……?」
「……体の具合はどうだ」
熱に浮かされた眼でぼんやりとハンゾーを見上げる。苦しいのか、僅かに濡れて光る瞳に、心臓を掴まれるような気がした。
「……っ……」
はぁ、と苦し気な息を吐き、身を丸めるゲンジの汗ばんだ項をまた濡れ手拭いで拭ってやると、びくんと大げさな程に震えて思わず手を離した。
「……ゲンジ……?」
「……、……っ……」
様子がおかしいことに気づいて声をかけるが、ゲンジはふるふると力なく首を横に振る。
益々赤みを増す肌と震える吐息に何かを察したハンゾーは、静かに立ち上がり、部屋の四隅に札を置く。
龍の力を応用した、防音の結界。元々は敵に情報を漏らさないため、また暗殺の時に気付かれないために使われるものだ。そして今は、ゲンジの―あるいはハンゾー自身の―名誉を守るためのものだ。
「ゲンジ」
「だい、じょうぶ、……からっ……あに、じゃ」
「ゲンジ、苦しいか」
「……っ兄者……!」
頑なな弟を宥めるように、掛布の上から背を撫でた。それだけで哀れな程に身を震わせる弟に、ぞくりと背筋を這い上がる何か。
ゲンジを楽にするためだと思いながら身の内で燻り始めた熱は若さゆえか、それとも――。
何にせよ、今のゲンジを放っておくわけにはいかなかった。
ゆっくりと掛布をめくってやる。膝を抱えるように身を丸めたゲンジの背中側に横たわり、その体を抱きしめた。彼の体は、燃えるように熱い。
いやいやと子どものように身を捩り、逃げ出そうとするゲンジの体に手を這わせる。寝巻用の浴衣の合わせから右手を入れ胸を撫でる。そして左手は浴衣の足元を捲り、太腿を撫で上げながら熱く滾る、熱の中心へ。
「あ……ッ!!」
そこはすでにぐしゃぐしゃに濡れそぼって、誰かに触れられるのを待ち望んでいた。軽く手を上下させただけで、腕の中の体が震え、あっけなく頂点を極める。
「ぁっ……あ、はぁっ……や、だ……ぁ!」
薬か、毒か、まだ抜けきらないその効果でゲンジのものはまた力を誇示し始める。大丈夫だ、と優しく言い聞かせながらハンゾーはくちゅりと濡れた音をさせゲンジを慰める。
「ふ、……ぁッ……あ、んんっ」
初めて聞く、ゲンジの艶めいた声。滑らかな肌を撫でさするだけだった手はいつの間にか、誘われるように硬くなった胸の突起へと触れる。
「あ、あ、だめっ……そこや、だ……あ、にじゃぁ……ッ」
ぽろぽろと過ぎた快楽に涙を零すゲンジを宥めるように唇で雫を拾う。弓で鍛えられた器用な指先が、転がし、摘み、押しつぶすたびにびくびくと腰が跳ねた。
だが二度、三度目の吐精を終えてもなお、ゲンジの体には熱が燻っていた。吐き出しさえすれば楽になるだろうと思っていたハンゾーも想定外の事態に戸惑う。
「あに、じゃ……っ」
大丈夫か、とゲンジの顔を覗き込めば、熱で潤んだ瞳に心臓が跳ねる。体を密着させ、ゲンジの熱と嬌声と痴態とを余すところなく感じていたハンゾーは自分もまた熱を持て余していることなど分かっていた。
それは、若さゆえのものだと思った。当たり前の生理現象だと。
だが、ゲンジは血を分けた実の弟で。守るべき、大切な存在で――。
「……にじゃ……ったすけて……くるし……」
「ゲン、ジ……」
「あつい……っ……あたま、おかしく、な……ッ」
布団を握りしめ、荒い呼吸で半開きになった口の端から唾液が伝い落ちる。体の奥から熱が生まれ続け、疼いて仕方がないのだと縋りつく弟を、どうして振り払えよう。
「……ゲンジ。全て毒のせいだ」
「あ、あっ……」
「お主は何も悪くない。大丈夫だ。拙者に全て、任せるがいい」
「あにじゃぁっ……」
仰向けに寝かせて馬乗りになる。乱れた浴衣姿がハンゾーの興奮を煽った。
ゲンジの精で濡れそぼった指を、誰も触れたことのない場所へと伸ばす。くるくると周囲をマッサージするように撫で、ゆっくりと侵入を開始する。
「い、あ……っ」
体が望むこととは言え、初めての刺激に身を固くするゲンジを宥めるように体を愛撫していく。ハンゾーとて同性同士の性交は知識でしか知らないことである。もどかしそうに腰を揺らすゲンジを傷つけぬよう、探り探りでそこを慣らしていく。
「んっ……ん、ん……あ」
次第にゲンジの声に艶が混じり始める。三本の指を受け入れることができたが、もう少し、と様子を見るハンゾーに先を促したのはゲンジだった。
「あ、にじゃ……っ……も、むり……はや、くっ」
「……わかった」
これは毒の力だ。お前の意思ではない。教え込むように再度そう囁いて、ハンゾーは言い訳のしようもないほど怒張した自身のものを宛がった。
はくはくと男を誘うようにひくつく秘部へ、雄の楔が打ち込まれる。
「あ、ああッあ!!」
爪を立てるほど強くハンゾーの腕を掴む。その痛みと、自身を包む熱と圧とが、眩暈のような快楽をハンゾーに与えてくる。大切な弟の、乱れた姿に早鐘を打つ心臓を自覚しながら、ハンゾーはもう自制することができなかった。
「っにじゃ……ぁ、あっ……あに、じゃぁ……ッあ、は……んんんっ!」
待ち望んだ熱に体の奥深くまで突き上げられ、ゲンジは歓喜の声を上げる。
女を抱く時ですらこんな、焦燥感にも似た悦楽を得ることなどできないのに、もっと、もっとと心が逸る。快楽に歪む顔を、もっと崩してやりたくなる。
獰猛な獣のように肉欲を貪った。きゅうきゅうと内壁が締め付け、体の間で揺れるゲンジのものが蜜を滴らせている。
「ん、あっ、あぁ! あ、にじゃ、あ、あぁっ」
最早悲鳴に近い泣き声でゲンジが限界を訴えた。それに応えるようにゲンジの体をしっかりと抱きしめ、片手で雄を扱きながら激しく腰を打ち付けた。
過ぎた快楽に涙を零し頭を振り乱す弟に、ハンゾーは一度だけ口づけた。まるで恋人にするような、優しく深いものだった。
ぐ、と最奥に押しこむようにして限界を迎えた。満たされていく熱に、ゲンジもまた幾度目かの精を吐き、糸が切れたように気を失った。
嵐のような行為が終わった後、ハンゾーは深く息を吐いて、ぐったりとして動かない弟の体を抱きしめた。
翌日、目が覚めたゲンジは自分の体の節々の痛みに呻きながら体を起こした。
「ゲンジ……体はどうだ」
「あ、兄者……」
既に身支度を整えている兄に、ゲンジは申し訳なさそうに眉根を寄せる。任務は気が乗らなかったが、せめて自分のせいで兄に非難が及ばぬようにと思っていたのに。
「すまない兄者……じい様達に何か言われたか?」
「いや……任務は遂行したからな。それにあの程度の失敗は誰にでもある」
そうは言うものの、きっとお小言はあったのだろうな、とゲンジは小さく項垂れた。
「……それで、ゲンジ。体は……」
「? ああ、全身だるいし節々痛いけど、大丈夫だ。何の毒だったんだろうな」
難しい顔をしている兄に首をかしげながら答える。普段から言葉少なな兄であるが、その真意を読むことはゲンジにはできない。
「……何事もないならいい。昨夜のことは覚えているか?」
「……すごく熱くて苦しかったのは覚えてる。すまない兄者、迷惑かけたな。やっぱりオレに家業は向いてないみたいだ」
はは、と冗談めかして笑うゲンジに、ハンゾーはほっとしたような、釈然としないような、複雑な表情をしていた。
「お前は修行不足なだけだ。修練を積めば……」
「あー……うん、考えとく」
曖昧に答えていそいそと身支度を始めるゲンジを、相変わらずハンゾーは複雑そうに見つめていた。
忘れてよかったのだ、と思う。
覚えていたとして、ゲンジの男としての矜持が傷つくだけであるし、状況が状況だったとは言え、弟を抱いたハンゾーを嫌悪するだけだろう。
――この、後者の理由でほっといている自分を、ハンゾーは酷く恥じた。
シマダ家の次期頭領が、実の弟に劣情を抱いていたなどと知られれば家の歴史はそこで無様に終わるだろう。
毒のせいだったのだ。たった一度の過ちは、自分だけが抱えて闇に葬ればいい。ゲンジは何も知らぬまま、笑っていればそれでいい。
今でもはっきりと思い出せる、ゲンジの肌の滑らかさや香り、乱れた姿や嬌声を記憶の奥底に封じ込め、ハンゾーは次期頭領としての責を果たすために稽古場へと向かった。