襖を開けるとそこには、式の時の姿のままで男に背を向けるように座っている花嫁の姿があった。その傍らにはすでに布団が敷かれ、これから行うことへの期待感に鼻息を荒くした男がずかずかと部屋へ入り込む。
純白の穢れなき着物。真っ直ぐに背筋を伸ばした美しい姿。目深にかぶった綿帽子から覗く、紅を引いた目元とふっくらとした唇が何とも言えない艶っぽさと気品を感じさせる。
恥ずかしいのか、顔を伏せた花嫁に男はふんと鼻を鳴らす。豪商の息子として人を思うままに金を使い、人を操り利用してきた男は、見目が気に入った娘の両親に金を握らせその娘を買い取った。その金すら男にとってははした金であったが、あんな程度の金額で娘が買えてしまうのだから貧乏というものは実に恐ろしい。ああはなりたくないと思いつつも、式の間中ずっと涙を流していたこの女を、今度は布団の中で思うさま蹂躙して啼かせてやろうと顎を掴み、強引に上を向かせようとした。
その時だった。警備の者の悲鳴が聞こえたかと思うと、勢いよく襖が開かれ眼を見開く。
立っていたのは黒髪の美しい青年であった。氷のように冷たく、刃のように鋭い視線で男を睨め付ける。咄嗟に部屋に飾ってある刀に手を伸ばそうとするが、女に抱きつかれてバランスを崩し後ろに倒れた。
「くそっ邪魔だ! 状況が分からねぇのかこのクソアマッ!!」
「妻になる女性に対して、そんな口の利き方はないんじゃないか」
間近で聞こえた若い男の声に、男はひゅっと息を飲んだ。抱きついた花嫁が顔を上げる。その綿頭巾が後ろに落ち、現れたのは長い髪の娘ではなく、短髪の、男であった。
「うっ……うわあ! なんだてめぇはッ……!」
「兄者、予定より早いじゃないか。外はもう抑えたのか?」
「当然だ。それにあの状況で指をくわえて見ていろと?」
天気の話でもするかのように自分に抱きついた男が訊ね、闖入者である長髪の男は絶対零度の声で答える。
豪商の息子は既に顔面蒼白であった。彼の父が、どんな商売をしているか知らないわけがない。自分も跡取りとしてしっかりと携わっているのだから。
そしてこの国で、この場所で、彼らのことを知らぬものはきっといない。表立っての治安維持のみならず、裏では薬物や武器、人身売買など、闇の商売の一切を厳しく取り締まる、シマダ家。その家を継ぐ、若き兄弟の話を。
「……ゲンジ、いつまでそうしておるつもりだ」
「え? いや、離したら逃げるだろ?」
「……それもそうだな」
兄者と呼ばれた男はそのまま部屋に入ってくると無慈悲にも豪商の息子の脚を思い切り蹴りあげる。嫌な音がしたが、蹴られた方は何が起こったかも分らぬまま痛みにのたうち回るだけだった。
「これで逃げられない。だから離れろゲンジ」
「了解、っと」
体に触れていた温もりが消え、痛みの中男が必死に視線を動かせば、目の前には迫りくる拳があった。
――――――
「おかえりなさいゲンジ。怪我はありませんか? 私はもう心配で……」
「うう……母上は心配性だな。替え玉任務なんてそう難しくもないし、兄者もいたから何も問題はなかったぞ」
母に幼子のように抱きしめられ、少し照れくさそうにしているゲンジを微笑ましく見つつ、ハンゾーの母も息子を出迎えた。
「ふふふ……その様子だと『お手付き』寸前まで周りに止められていたようですね」
「母上……」
「まあ、そうなのゲンジ。マツ様、やはり化粧を可愛くしすぎたかしら……?」
「そうですね、ゲンジはアオイさんに似て元の顔立ちも良いから、男とばれてももしかしたら……」
「母上!」
からかわれているのだと分かっていてもハンゾーはつい声を荒げてしまう。頭領として常に冷静に振舞うハンゾーも、母の前では弟が大切すぎてすぐ熱くなる兄になってしまう。
ころころと笑われて咳ばらいを一つ。苦笑するゲンジと共に報告へ行こうとしたが、母たちに記念写真をせがまれて渋々と承諾した。
「あらあら見てマツ様、本当に素敵よ。ハンゾー様も立派に成長されて、本物の夫婦のようだわ」
「ゲンジの愛らしいこと……それに流石に豪商の息子が作らせただけあって着物も見事ね。脱がしてしまうのがもったいない……」
大きな息子たちを尻目に、年頃の娘のようにきゃあきゃあとはしゃぐ母二人。いつまでも若々しい二人に笑いながら、兄弟はそっとその場を離れた。
――――――
報告を終え、部屋に戻って襖を閉めるや否やハンゾーはゲンジを押し倒した。
寝床の用意はいつも侍女がしてくれているため、布団の上に倒れてしまえば体が痛むこともない。
あまりに唐突なことにゲンジがもがくが、それを押さえつけて強引に口づける。唇を舐めてやれば条件反射のように薄く開き、そこから舌を潜り込ませ熱い口内をなぞるように愛撫する。
「んっ……んんっ、ふ」
ゲンジは未だ白無垢を纏ったまま。化粧で美しく整えられた肌と、紅を引いた目元がいつもとは違う色気を醸し出し、ハンゾーの欲に火をつける。
「あ、あにっ……ま、待ってくれ!」
その叫びに無言を返し、その体を抱きしめる。任務ではあったとはいえ、あのような下賤な男にしばらく抱き着いていたなどとハンゾーにとては許しがたいことである。本来であればあの男が仕立てさせた白無垢もすぐに捨ててしまいたいところではあるが、やはり価値あるものは美しい。それを纏うゲンジを愛でてから捨てるでも遅くはないというものだ。
「兄者っ……お、怒ってる……のか……?」
不安げな声に顔を上げる。長い黒髪が肩から落ち、ゲンジの頬を擽った。
少々乱れた唇の紅を見てほくそ笑む。きっと自分の唇にも同じものが付いているのだろうと思うと、優越感と独占欲が満たされる。
「予定より早いなどと……あれ以上手を出されてもお前は平気だと?」
「ま、まだ触れてもなかっただろ! 完全にオレを押し倒して油断しきったところで、みたいな予定だったじゃないか!」
「ほう」
未だ兄が纏う怒りの空気に畏縮しながらも、負けん気の強い弟はさらに言い募る。
「だったら兄者が替え玉をやればよかっただろ! 黒髪だし長いし顔立ちも整ってる! オレよりも……」
「体格的に無理だと言っただろう。それにお前は、拙者があの男に押し倒されるところを見たいのか」
「えっ……そ、それは嫌だ……」
ごにょごにょと急に声が小さくなるゲンジも、ようやくハンゾーの怒りを少し汲んでくれたようである。だからといって、簡単に許すハンゾーでもない。再び唇を合わせながら、白無垢の裾を開いて脚を露わにする。
「んーっ! んーっ」
「…………」
顔を真っ赤にして唸るゲンジに何事かと一度離れて視線を下に移せば、そこには華やかな色の布が、雄の形に膨らみ始めていた。
「……よもや下着も女物とは」
「ち、ちがう! これは母上たちが無理やり……」
心の中で母たちに感謝しつつ、ハンゾーはゲンジの両足を掴み大きく開かせる。そして可愛らしい意匠の下着の上からゲンジの雄へと口づけた。
頭の上のほうで喘ぎと共に途切れ途切れの抗議の声が聞こえるが全て無視し、唇で優しく愛撫する。滑らかな布の上で食むように唇を動かせば、びくびくと太腿が震える。じわりと下着が湿り、滲んできた粘液で更に滑りがよくなって逃げるように腰が浮く。完全に勃ち上がったそれは先端を下着からはみ出させ、酷く倒錯的な光景だった。
はみ出た先端にも口づけを繰り返し、ねっとりとその括れへ舌を這わせれば仔犬が甘えるような吐息が聞こえた。
「くっ……ふ、ぅ……んッ!」
せわしなく呼吸するゲンジの脚をそっとおろしてやると、今度は襟を開いて胸元を露わにさせる。しっとりと汗ばんだ肌と痛いほどに張りつめた胸の飾りが、早く触れてくれと言わんばかりにハンゾーを誘う。
「あっ! ぁ、ん……ぅうッ……兄、者ぁ……!」
帯だけはまだしっかりと形を保っているのに、肩や胸が見えるほどに開かれた襟や、鍛えられた形の良い脚を隠しもしない裾というちぐはぐさが、より一層淫靡さを引き立てる。
積もったばかりの雪に最初に足跡をつけるように、何物にも染められていない布を自分好みに染めるように、無垢な花嫁を抱くのだということは、なるほど所有欲や独占欲を掻き立てられるものがある。
震えるゲンジの胸の突起に吸い付きながら、下肢に手を伸ばして下着をずらす。露わになった秘部を優しく指先で撫で、入るか入らないかの瀬戸際でつつくように虐めてやれば、ひくひくと物欲しげに震えるのだ。
「あ、にじゃぁッ……! あ、だ、めっ……それ……っ」
じゅう、と音がするほどに胸を吸い上げ、直後甘やかすようにぬるりと撫でる。部屋に置いてある椿油を手に取り、指に馴染ませていよいよ秘部に挿入すればきゅうきゅうと締め付け歓喜する内壁。
女が蜜をあふれさせるように、たっぷりと塗り込んでいく。時折いい所を指先が掠めていけば、それこそ女のように善がり狂う姿がたまらない。
自分の手で白無垢が、花嫁が穢されていく様はハンゾーの中にある征服欲を満たしていく。ゲンジは、自分のものだ。
「ゲンジ、覚えているか。お主は幼いころ、こう言ったのだぞ」
「んぁ……あっ」
前を寛げ、猛った雄に椿油を塗り込みながらハンゾーが問う。最も、答えなど期待しているわけではない。
涙と唾液で汚れた顔を愛おしげに撫でながら、雄の先端をゲンジの秘部へぴたりとつける。
「拙者の、嫁になると」
「あ、あぁぁあッ!?」
一息に貫かれ、悲鳴をあげながら背をしならせる。カっと見開かれた瞳からぽろぽろと雫が落ちるのを唇で吸い、挿入の乱暴さとは裏腹にゆっくりと律動を始める。
「ひ、あっ、……んん、ぅ、あッ」
時にぐりぐりと押し込むように腰を揺らし、奥の奥まで犯していく。縋るものを求めて伸ばされた腕がハンゾーに絡みつき、一部の隙間もないほどに抱きしめ合う。
「あに、じゃっ……あにじゃぁッ……!」
女物の下着に締め付けられたままの雄が限界を訴えて涙を零しているのを、片手で扱きながら高みへと導いていく。うねる内壁がハンゾーを絶え間なく締め付け、奥歯を噛みしめて堪えた。
「ゲンジ……ッ……」
「あ、ぅ、あっ……あにじゃっ……あ、あぁッ、あ!!」
乱れる花嫁を抱きしめ、最奥に己が欲望を注ぎ込む。絶頂し淫らに体を震わせるゲンジの白濁が、白く美しい着物を染め上げた。
ハンゾーは内部の収縮を味わうようにゆっくりと前後し、名残惜し気に自身を引き抜くと、絞り出すように扱きながら白濁をその上へと垂らしていく。互いのものが混ざり合い、はしたなく糸を引きながら流れ落ちた。
「あ……、……っ……あ……」
未だ絶頂の余韻に体を震わせるゲンジを抱きしめ、口づけを繰り返す。腰を揺らし、雄を擦りつけるようにして刺激すれば再び力を誇示し始める。そのことに気づいたゲンジがようやく慌てるが、逃がしてやる気は更々ない。
「今宵は夫婦の初夜だぞ、ゲンジ……そう簡単に終わると思うな」
「あ、兄者ッ……あっ……んん……」
その日の夜、ハンゾーの部屋では甘い声がひっきりなしに上がっていたという。